人付き合いの深い悩み 『山アラシのジレンマ』で突破
三菱UFJ銀行会長 園潔氏
園潔氏と座右の書・愛読書
その・きよし 1953年大分県生まれ。76年九大法卒、旧三和銀行へ。2019年現職。大学ラグビー部ではフォワードで主将を担った今や希少な豪放系バンカー。
硬軟織り交ぜ、あらゆるジャンルの歴史本が大好きです。そのきっかけを与えてくれたのは、大分県警に奉職した父でした。私が中学生のときに買いそろえてくれた中央公論(現中央公論新社)の『日本の歴史』。第1巻の『神話から歴史』に始まり、最終巻の『よみがえる日本』まで全26巻。歴史の解釈は時代とともに変遷しますが、このシリーズの内容は色あせていません。
自ら志願して従軍した父は旧制中学しか出ていません。刑事畑を歩んだので事件なんかが発生すると何日も帰宅できない。でも家にいるときは書斎に籠もり、机に向かっていました。キャリア官僚と違ってノンキャリは出世が約束されていない。自己研さんに努め、昇格試験に挑む。そんな父のうしろ姿をひそかに尊敬していました。
この国の歴史は豊潤でいて激動に満ちています。とりわけ魅了されるのは飛鳥・奈良時代です。屈指の文芸評論家だった亀井勝一郎の著作は大学受験によく出題される。そんな噂を聞きつけ高2のときに読んだのが『大和古寺風物誌』。法隆寺、薬師寺、唐招提寺、東大寺……戦中に彼が歩いた大和の秀逸な旅行エッセーです。
好きが高じて奈良に家を建てました。今もたまの休みに彼の足跡をたどり、妻と仏閣巡りにいそしんでいます。
大学では体育会ラグビー部に入りました。おのずと読書遍歴は一時休止。そして就職先には大阪本拠の三和銀を選びました。九州の田舎者が都会に初めて出た。しかも大学では仲間とスクラムを組んでばかりいたので、人付き合いが得意ではありませんでした。
それでも銀行員は社内外、様々な人と接することが仕事です。人付き合いに悩んでいるころ、ふと書店で手にとったのが『山アラシのジレンマ』。フロイトの思想に連なる、人間関係の本質を端的に示した名著です。
人間関係とは「社会的存在としての人間」と「個性としての人間」のぶつかり合い。そう喝破しています。納得感がありました。いつの時代も社会にこぎ出す若者は悩みを抱えます。そんなときに挑戦してほしい一冊です。