パラスポーツを体験 車いすの高度な技術・激しさ圧巻
東京パラリンピックは五輪を上回る539種目で世界のトップが技と力を競う。五輪記録と肩を並べる種目もあり、もはや五輪の「障害者版」ではない。車いす競技など健常者も体験できるパラスポーツ。魅力を探った。
1月13日、女子車いすバスケットボールで8チームが日本一を争う皇后杯が開かれる神戸市立中央体育館に向かった。3位決定戦と決勝戦の間に開催される無料体験会に参加した。日本最高峰の試合当日の会場で競技をPRする自由な雰囲気に驚いた。
まず敵に見立てたポールをかわしながらスラローム。「進みたい方向をしっかり見て、スピードを意識してゴールの下に」。男子日本代表候補の秋田啓選手から直々にパスをもらう。そしてシュート。
記者(56)は大学時代、体育会バスケ部。車いすはともかく、ボールの扱いには少し自信があった。最初の2回は片手で下から打つレイアップシュートを試すが、届かない。下半身が使えず、打点が1メートル以上も低いので想像以上にゴールが遠い。3回目。車いすのスピードをセーブしながらゴールを見据え、両手をタイヤから放す。上半身だけを意識して顔の前に両手で構えるセットシュートで、やっと入った。「ナイスシュート」。秋田選手が褒めてくれる。照れくさいが気持ちいい。
車いすにはブレーキがない。ダッシュ、ストップ、ターンは両手でタイヤをコントロールする。ほんの短い時間だが、左右の腕の力加減で車いすをコントロールする楽しさが少しわかった気がする。猛スピードでゴールに向かい急停止してターンをしながらシュートを決める秋田選手の姿を見ると、人間の腕が持つ能力の高さに圧倒される。
体験会後の決勝戦。注意して見ると、手を使わず体幹だけで車いすを微妙にコントロールするのがわかる。女子はパラリンピックで過去2回メダルを獲得している。トップアスリートがコートを走り回り、時に転倒しながらも自在に操縦する姿。車いすは人と一体化している。「車いすでも面白い」のではなく「車いすだから面白い」と思える。
試合を面白くしているのが障害程度によるクラス分け制度だ。軽い(ハイポインター)から重い(ローポインター)まで4.5~1.0ポイントの持ち点があり、コート上の選手の合計を14点以内に抑える。障害が重い選手も戦略的に出場機会が生まれるわけだ。チーム構成を巡る戦術や駆け引きも見どころだ。
得点を決めるのはハイポインターが多いが、敵のディフェンスを止めるスクリーンプレーで、ローポインターがゴール下にカットインしてシュートを決める場面は美しい。
皇后杯は近畿代表の「カクテル」が6連覇。東京パラリンピックは男女別々の競技だが、もう1つの全国選手権、天皇杯は男女混合でも出場できる。女子は持ち点が男子より1.5ポイント低く設定され、さらに戦略性が増す。健常者がハイポインターとして参加できる試合もある。
車いすラグビーも同様にクラス分けを採用している。車いす同士のぶつかり合いが許された唯一のパラリンピック競技で、別名「マーダーボール」(殺人球技)。最も激しい競技なのに男女混合なのも面白い。ある女子選手は「普段は障害者として丁寧に扱われるが、試合では自由にぶつかり合える壮快感が楽しい」
スポーツに詳しいコラムニストのえのきどいちろうさんはパラスポーツと女性スポーツの類似性を指摘する。「日本初の女性五輪メダリストの人見絹枝さんの時代、女子スポーツは低級とみられていた。パラも長く『障害者版』という福祉のイメージだったが、圧倒的なパワーと高度な駆け引きを見れば、障害に関係ない魅力が伝わってくる」
東京都が1月、江東区で開いたパラスポーツ体験会。足と口を駆使するパラリンピックアーチェリーのメダリスト、マット・スタッツマン選手(米国)がゲストで来場し「両手がなくても世界のベストプレーヤーになれる」と笑顔で話した。司会の武井壮さんが「20種近くのパラアスリートと対戦し、僕ができないことができることを目の当たりにしてきた」と応じた。
不自由でも不可能はないことを、この夏、目撃できる。
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能力引き出す道具との共生
2016年のリオ・パラリンピックでは220の世界記録が生まれた。義足のジャンパーとして知られる走り幅跳びのマルクス・レーム選手(ドイツ)は8メートル48と五輪並みの世界記録を持ち「五輪との共生」を目指す。
道具の進化はパラスポーツに限らない。今年の箱根駅伝ではナイキ製の厚底シューズで好記録が続出した。「道具やウエアの進化は人間の能力を拡張させるスポーツの本質だ」とえのきどいちろうさん。男女、健常者と障害者の共生と多様化が進むパラスポーツの世界。東京大会は、人間と道具との共生という普遍的なテーマも問い掛ける場になるだろう。
(大久保潤)
[NIKKEIプラス1 2020年2月1日付]
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