アルコール依存症治療 まず「減酒」でハードル低く
専門外来が支援、進む新薬の処方
アルコール依存症の治療で、酒量を少なくする「減酒」の考えを取り入れる医療機関が現れ始めた。減酒向けの新薬の処方は進んでおり、専門外来を開設するクリニックも登場している。いきなり断酒する自信がない人の受診のハードルを下げ、潜在的な患者を治療につなぐ入り口としての役割が期待されている。
東京都杉並区の男性会社員(40)は、30代半ばから深酔いして記憶を失う「ブラックアウト」に陥る回数が増えた。日々の晩酌はたしなむ程度だが、週1回の社内の飲み会ではブレーキが利かない。気づけば生ビールを7杯、酎ハイも6杯……。終電で遠方の駅まで乗り過ごす失敗も一度では済まなくなった。「繰り返し記憶を飛ばすようになって怖くなった」
財布などの紛失も続き、家族の勧めもあり治療を決意。2019年9月に「さくらの木クリニック秋葉原」(東京・千代田)の「減酒外来」にたどり着いた。「社外との酒席もあって断酒はハードルが高く、まずは減らすことから始めたいと思った」
初診では「軽症のアルコール依存症」と診断された。飲み会のたびに適量の目安(ビールで500ミリリットル程度)の10倍にあたる200グラム程度のアルコールを摂取していたが、医師のカウンセリングのもとで暫定的に60グラムと設定。飲酒量を毎回記録したうえで月1度の通院時に達成度合いを報告している。
19年3月に保険適用された飲酒量低減薬「ナルメフェン」の処方も受ける。脳内の分泌物に作用して飲酒の高揚感を抑えるなどの効果があり、飲酒の1~2時間前に1錠を服用している。男性は「飲むペースが格段に遅くなり、ビール2杯で十分と思えるようになった」と感じている。
ナルメフェンの処方は、1日平均のアルコール摂取量が男性は60グラム、女性は40グラムを超えるといった基準を満たす依存症の患者が対象となる。
同クリニックが19年に57人の患者に実施したアンケートでは、「明らかに酒量が減った」「意識がなくなるまで飲まなくなった」など症状の改善がみられる回答が約7割に上った。一方、眠気や吐き気など副作用を訴え、服用をやめた人も一定数いた。
オフィス街に近い同クリニックには働いている人が多く受診する。減酒外来は家族らのサポートが必要な断酒治療と違い、基本的に一人で来院する患者がほとんどだ。
飲酒を自分で制御できなくなるアルコール依存症は職場の欠勤や家庭内の不和、うつ病の併発などを引き起こす患者が目立つようになっているという。
同クリニックの倉持穣院長は「偏見をもたれやすく、断酒の治療に抵抗を感じる人も多い。減酒外来は治療につなぐ入り口として効果的だ」と説明する。
13年の厚生労働省の調査によると、アルコール依存症の患者は全国で約110万人に上ると推計される。10年前に比べて20万人以上増えたが、治療を受けているのは約5万人にとどまっている。
17年4月に国内で初めて減酒外来を設けた久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)の湯本洋介医師は「従来の依存症対策は断酒の一択。患者側に酒を飲まない覚悟がなければ医師も受け入れを拒むのが一般的で、重症化しないと治療を始められない課題があった」と指摘する。
同センターの減酒外来には19年7月までに全国から約280人が訪れた。このうち92人に複数回答で受診理由を聞いたところ、最多は「ブラックアウト」の30人で約3割を占め、肝臓の健康状態など「身体問題」や、人間関係を悪化させる「暴言暴力」が続いた。
減酒による治療は欧州で進んでおり、国内でも日本アルコール・アディクション医学会などが18年に診断治療ガイドラインを改訂、減酒の考え方が新たに加えられた。
依存症治療の普及が期待される中、湯本氏は「アルコール依存症は進行性の病気で、あくまで減酒は中間目標という位置づけだ。基本的には断酒へのつなぎとして捉えてほしい」と話している。
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酒量記録・警告アプリも
減酒外来では医師と摂取するアルコールの目標値を設定したうえで、実際の飲酒量を記録するのが一般的だ。最近ではスマートフォンなどのアプリで飲酒状況を管理する患者が増えている。
沖縄県は2014年、スマホとパソコン向けの無料アプリ「節酒カレンダー」を公開。県内の男性のアルコール性肝疾患による死亡率は全国平均の約2倍に上り、手軽に適正な飲酒量を意識してもらう狙いでアプリをつくった。
アルコールの摂取量の計算は、画面上の絵文字から酒類を選択できるため、飲酒の際も文字を打ち込む手間なく入力できる。「ほろ酔い期」「酩酊(めいてい)期」など酔いの状態を確認でき、アルコール摂取量が10グラムの上限を超えると警告が段階に合わせて表示されていく。
飲酒量低減薬を販売する大塚製薬は、19年にスマホアプリの「減酒にっき」をリリースした。アルコールの目標値や服薬の状況のほか、医療機関での受診予定などを記録できる。こうしたデータは、医師や家族と共有が可能で通院生活もサポートする仕様にしたという。
(佐藤淳一郎)
[日本経済新聞夕刊2020年1月22日付]
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