ザルツブルク音楽祭100周年 時代に訴える芸術の力

2019年8月に上演されたオペラ「サロメ」(ザルツブルクの劇場フェルゼンライトシューレ)(C)SF/Ruth Walz
2019年8月に上演されたオペラ「サロメ」(ザルツブルクの劇場フェルゼンライトシューレ)(C)SF/Ruth Walz

世界最大のクラシック音楽祭の一つ、オーストリアのザルツブルク音楽祭が今年100周年を迎える。高水準で多彩な演目、強いメッセージ性が世界で評価されている。

「我々の音楽祭は多くの苦難を乗り越えてきた。100年間続いたことは感慨深い」。音楽祭の運営責任者であるヘルガ・ラブル=シュタドラー総裁はそう語る。ザルツブルクで生まれ、ジャーナリストなどを経て、1994年から現職。「地理的に欧州の中心部にあり、作曲家モーツァルトの生誕の地。これ以上音楽祭の開催場所としてふさわしい所はない」

平和への強い思い

ラブル=シュタドラー総裁

ザルツブルクが音楽祭の開催地に選ばれたのは他にも理由がある。歴史ある教会や建築物が立ち並び、山に囲まれた自然豊かな環境が、芸術上演に適しているとされたからだ。「第1次世界大戦後、荒廃したオーストリアを芸術の力でもり立てたいというR・シュトラウスらの平和への強い思いがあった」と解説する。

当初は演劇からスタートし、オペラやコンサートと演目を拡大。22年からウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が参加し、音楽祭の骨格ができあがる。しかし、最大の危機が訪れる。第2次世界大戦だ。ヒトラー率いるナチスドイツはオーストリアを併合し、言論・表現統制を強めた。存続が危ぶまれたが、ドイツの敗戦により危機を免れた。

49年にシュトラウスが亡くなるなど、戦後も混迷から出発したが、帝王と呼ばれたザルツブルク生まれの指揮者カラヤンが56年に芸術監督に就任。60年には客席数2000以上の祝祭大劇場が完成し、音楽祭は大きく発展する。日本を含め世界から多くの人が訪れるようになったのもカラヤンの影響が大きい。

カリスマの死超え

ヒンターホイザー芸術監督

2度目の危機は、そのカラヤンの突然の死だ。89年、音楽祭のオペラの公演前に倒れ、帰らぬ人となった。強烈なリーダーシップで音楽祭をけん引してきただけに衝撃は大きかった。

そんな中、音楽祭はカリスマに頼るのではなく、総力を結集して音楽祭を作り上げる方向にかじを切る。2016年には、古典から現代音楽まで自在に奏でるイタリア生まれのピアニスト、マルクス・ヒンターホイザーが芸術監督に就任した。「確かに伝統は大事だが、演目が今の時代に強く語りかけることが重要だ」と強調する。

今年は会期が7月18日から8月30日まで。舞台オペラはシュトラウスの「エレクトラ」など7作品(新演出5作品)、演劇は5つの新作などを上演する。

音楽祭を度々訪れている音楽評論家の加藤浩子氏は「ギリシャ出身の新鋭指揮者テオドール・クルレンツィスを起用し、時代に即した斬新な演出を取り入れるなど挑戦的な演目を組んでいる」と評価する。

同音楽祭への出演経験がある指揮者の小澤征爾は音楽祭100周年にあたり「ザルツブルクで過ごした時間は夢のようだった」との言葉を寄せた。ヒンターホイザーは「芸術は戦争をやめさせることはできないが、人間の最深部に届く。来場者に答えを示すのではなく、考えさせる演目を提示する」と話す。

音楽家やファンにとって時代を映す特別な空間。それが音楽祭なのだろう。

(岩崎貴行)

ザルツブルク音楽祭 作曲家のR・シュトラウス、劇作家のフーゴ・フォン・ホーフマンスタール、演出家のマックス・ラインハルトの3人が中心となって1920年に創設。ザルツブルク旧市街に「フェルゼンライトシューレ」など3つの劇場があり、演劇、オペラ、管弦楽などを上演。今年は100年の歴史を振り返る展示も予定する。

[日本経済新聞夕刊2020年1月7日付]

エンタメ!連載記事一覧