フリーターから研究者 金田一京助「心の小径」が導き人間文化研究機構機構長 平川南氏

平川南氏と座右の書・愛読書
平川南氏と座右の書・愛読書
出土文字資料から日本古代史を読み解いてきた。歴史研究を志す契機は山梨大時代の恩師、青木和夫氏の講義と借り受けた本だった。
ひらかわ・みなみ 1943年山梨県生まれ、東大で文学博士号取得。歴博名誉教授。山梨県立博物館名誉館長。著書に『漆紙文書の研究』(角川源義賞)など。

高校卒業後は就職するつもりで、実際に大手ビール会社の内定をいただいていました。もう一人の恩師、高校の担任堀田裕先生の強い勧めで地元の大学に進学。そのような経緯で大学に入ったので特に目指すものはなかった。そんなときに受けたのが青木先生の講義です。これが面白かった。歴史上の小さな事象に関して一つ一つ緻密な論証が必要であることを教わりました。

先生は1965年にベストセラーとなった「日本の歴史」シリーズの第3巻『奈良の都』を執筆しています。奈良時代の国家のしくみと人々の暮らしぶりを生き生きと描いていますが、そこには様々な史料に裏打ちされた実証性がある。私が日本史の通史シリーズに関わりたいと思うきっかけとなった本でもあり、それは2008年刊行の「全集 日本の歴史」の第2巻『日本の原像』で実現しました。

大学時代に青木先生から渡され、歴史研究者への道を決定づけた本は、石母田正氏の『中世的世界の形成』です。伊賀国南部にあった荘園という狭い地域の歴史をたどりながら、古代の世界から中世的な世界に移行する姿を躍動的な筆致で表現しています。ダイナミズムの表現も歴史学にとって大事であると学びました。

中学の教科書に載った金田一京助氏の「心の小径」の一文がずっと心に残っていた。

のちに国語学者が自らの人生を振り返った『人間の記録6 金田一京助』に収載されました。アイヌ民族の口承文学「ユーカラ」に興味を持ち、その採集のために大学3年の時、樺太に単身飛び込む。その行動力に驚きました。私は山梨県で高校教師を3年務めた後、東京でのフリーターのような生活を経て研究者の道に入りました。全く未経験の発掘調査の現場に飛び込んだのは「心の小径」の影響かもしれません。

1970年、宮城県の多賀城跡調査研究所で働き始めました。私は歴史学専攻ですが、このときの多くの優れた考古学者との共同作業は大きな糧となりました。研究所に勤務していた79年に刊行されたのが『鉄剣の謎と古代日本』。115文字が刻まれた稲荷山鉄剣の大発見の翌年に開かれたシンポジウムをまとめたものです。考古学者や歴史学者だけでなく、大野晋氏のような国語学者も加わっている。様々な分野の学者が共同で研究する、今でいう歴史研究の学際性の実質的な出発点となり、私もその大切さを知りました。

東洋学者の藤枝晃氏の著書『文字の文化史』も学問の枠を破ることの大切さ、面白さを伝えてくれます。あとがきでは、どの専門家も目をつけてこなかった「文字」の歴史に着目したと記します。専門の枠を突破することはどの学問でも大事でしょう。

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