焼き魚ほぐしただし、ご飯にかけて 愛媛のさつま汁
愛媛県南西部の南予地域に伝わる家庭料理のさつま汁。鯛(たい)などの身をすり潰して麦味噌と合わせ、ご飯にかけて食べる。南予や松山市内の郷土料理店で人気メニューの一つだ。地域によって材料や薬味などに特色があり、微妙な違いを味わえる。
県南西部の宇和島市の郷土料理店、かどや駅前本店を訪ねると、厨房でさつま汁が出来上がるところだった。鯛や鰺(あじ)を焼いて身をほぐした上で、麦味噌と合わせて練り込む。昆布やカツオのだしを加えて混ぜ合わせると、さつま汁の出来上がりだ。
同店でホール主任を務める蕨川翔さん(33)は宇和島市の隣の愛南町の出身。「子供の頃、母に時々作ってもらった」と言う。地元では家庭料理として引き継がれている。かどや駅前本店では、さつま汁の上に糸こんにゃくを少々。薬味としてミカンの皮やネギを使い、麦入りのご飯にかけて食べるのが一般的だ。
さつま汁の由来については、愛媛県西方の宇和海に面する漁村で生まれたというのが有力な説だ。「さつま」という名前は、夫が妻を助けるという意の「佐妻」から生まれたという説や、もともと薩摩など九州南部地方から伝来したことに由来するという説など、諸説がある。
同じ南予地域でも、漁港やかんきつ生産地を抱える八幡浜市の中心部にあるのは浜味館あたご船場通り店。代表取締役の門田完司さん(70)が「鯛のほか、八幡浜港で水揚げの多いカマス、ヒメチなどが多く使われ、食味が向上する」と説明してくれた。
調理法自体は、味噌と一緒に混ぜ合わせたり、だしを加えたりなど、他地域とほぼ共通している。薬味の材料にゴマやニンジンなどが含まれるのは一つの特徴だ。同店の昼夜共通のメニューである「さつま膳」は「鯛飯などと並ぶ人気メニュー」という。
松山市内の郷土料理店、瀬戸内旬菜 棗(なつめ)では、メニューの一つに、さつま汁とご飯の「さつま飯」をそろえている。薬味にはキュウリ、コンニャク、豆腐などが加わる。店長の光藤章さん(33)は「比較的年配の人を中心に、ランチとして選択する人も多い」と話す。
県内でも地域や店によって少しずつ素材や薬味に違いのあるさつま汁。鯛飯や鯛そうめんでも調理法などに地域性が表れているが、さつま汁についても微妙な違いを味わってみてはいかがだろうか。
愛媛のさつま汁が県南西部の南予地域に発したというのは諸説にほぼ共通した点だが、源をさらにたどると、もともと同地域の家庭料理だったという説や、カツオ漁で栄えた現在の愛南町などの漁業者が考案したという説など様々だ。
トロール漁で栄えた八幡浜市では、捕獲した魚をさつま汁の材料に使ったという話も。交流のあった九州から伝えられたのが起源という説もあるが、いずれにしても、愛媛県南予地域の漁業や人々の生活に由来しているのは確かなようだ。
(松山支局長 片山哲哉)
[日本経済新聞夕刊2019年12月26日付]
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