オペラ「ファウスト」、弱さと醜さを演出 音楽2019
2019年に開かれたクラシックやポピュラー、ジャズの公演のベスト3は何か。各ジャンルの評論家が振り返った。
山崎浩太郎 オペラ 豊潤なイマジネーション
(9月、東京文化会館)
(2)マリインスキー歌劇場「マゼッパ」
(12月、サントリーホール)
(3)オペラ夏の祭典「トゥーランドット」
(7月、東京文化会館、新国立劇場)
フランス・オペラの傑作(1)は、日本では良質な上演が少ない。男の欲望に翻弄される女の悲劇、人間の弱さと醜さを巧みに視覚化した演出に加え、全体に高水準の演奏がグノーの音楽の見事さを実感させた。
(2)は演奏会形式だが、ロシア伝統の史劇オペラの偉大な系譜に、チャイコフスキーも連なっていることを教えてくれた。指揮のゲルギエフが手塩にかけたアンサンブルが、豊潤なイマジネーションをもたらした。
複数の団体が協力した(3)は、歌手の豪華さや大がかりな舞台など、現代の日本では得がたいものだった。指揮の大野和士は、他にもさまざまな公演で大活躍の年だった。
青木和富 ジャズ ロイドいまだ第一線
(9月、NHKホール)
(2)アヴィシャイ・コーエン
(8月、NHKホール)
(3)ミロスラフ・ヴィトウス
(3月、コットンクラブ)
(1)は、すでに高齢だが、今も奇跡的なジャズの第一線の開拓者だろう。サックスを極め、表現の新しい扉も開く。奇をてらった世界ではないから、あらゆる世代に刺激になっている。そんな痛快なステージだった。(2)は日頃目立たない表現者だが、そうして積み重ねたものを一気に凝縮し、花を咲かせた舞台だった。自然に観客が立ち上がり喝采したのは、まさに感動の共有というものだ。
25年ぶり来日の元ウェザー・リポートの(3)は、成熟した情緒を伝えるような奥の深い世界で、これまた音楽が伝える大切なものだ。時代が変わっても、表現の土台はそんなに変わるものではない。
渋谷陽一 ポピュラー U2、究極のステージ
(2月、渋谷WWW X)
(2)フジロックフェスティバル'19のシーア
(7月、苗場スキー場)
(3)U2
(12月、さいたまスーパーアリーナ)
(1)インディーロックの切れ味のよいグルーブ・ポップ・ソングとして優れたみずみずしいメロディー、そして高い文学性を持った歌詞。それが一体となるステージは高揚感があった。
(2)ポップミュージックのライブという概念を新しく更新するような衝撃のステージだった。シーア本人はステージの端に立って、まるで背景のように存在し、でも全てを支配しているのはシーアの音楽。パワーに圧倒された。
(3)古典的なロックスペクタクルを究極まで追求したステージだった。見たこともない巨大なスクリーンとドラマチックなギターロック、その2つが合体する劇的なケミストリーがすごかった。
江藤光紀 クラシック 新世代の台頭 顕著に
(11月、東京芸術劇場)
(2)辻彩奈(バイオリン)&ジョナサン・ノット指揮スイス・ロマンド管弦楽団
(4月、東京芸術劇場)
(3)チョン・ミョンフン指揮東京フィルハーモニー交響楽団
(2月、東京オペラシティ)
新世代の台頭を感じた年だった。特に指揮者は若手・中堅層が厚く、一部は早くも大家の貫禄がみられる。(1)のネゼ=セガンはオケの積極性を誘うことで、聴き慣れた作品から繊細な心象風景を引き出した。
(2)ヴァイオリンの辻は若手の逸材。テクニックのキレ、解釈のこなれ具合、堂々とした舞台姿と、一流オケをバックに三拍子揃(そろ)った華麗な演奏を聴かせた。
(3)チョン・ミョンフンは東京フィル名誉音楽監督だが、初客演のような緊張感があった。ホールを荘厳な祈りの場に変えるカリスマ性を感じた。
藤野一夫 クラシック(関西) 沼尻・京響、底力に圧倒
(3月、びわ湖ホール)
(2)飯守泰次郎指揮、関西フィルハーモニー管弦楽団
(3月、ザ・シンフォニーホール)
(3)古楽最前線!「ピグマリオン」
(12月、いずみホール)
(1)は首都圏以外では初舞台上演。びわ湖ホールがオペラ史に残る空前の自主制作を成就。フランツら世界水準の歌手陣と沼尻&京響の底力に圧倒された。
ブルックナーの全交響曲に挑戦してきた(2)の第9番。飯守の透徹した読みに全霊で応えた関フィル。気炎を上げて乱舞する第2楽章。終楽章では我を忘れて法悦の響きに溺れた。
(3)は未知の世界への扉を開く独自企画。寺神戸亮が知性輝く「良き趣味」を華麗かつ秩序をもって具現。オペラバレの歴史を辿(たど)った後、コンテンポラリーダンスとの共演に刮目(かつもく)した。
[日本経済新聞夕刊2019年12月24日付]
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