臨界事故で危機、不眠不休の応対 多角化見直す契機に住友金属鉱山社長 野崎明氏(下)

フィリピンで大型のニッケル製錬プラントの立ち上げに関わった(写真中央)
フィリピンで大型のニッケル製錬プラントの立ち上げに関わった(写真中央)
■住友金属鉱山の野崎明社長(59)は関連会社から本社の経営企画部に異動する。

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直後の1999年9月、茨城県東海村で核燃料加工を手がける子会社、ジェー・シー・オー(JCO)で臨界事故が発生しました。新たな中期経営計画の策定中でした。JCOの核燃料加工工程で核分裂反応が連鎖する臨界状態が約20時間続き、大量の放射線を浴びた社員が死亡したのです。日本で臨界事故が起きたのは初めてでした。

すぐに本社に対策本部が立ち上がりました。刻一刻と変わる現場からの報告や社内外からの鳴りやまない電話。私と部下の2人が交代で寝泊まりし、不眠不休で対応に当たりました。

新聞の一面に大きく出ているのが当社のことだと考えるとショックでなりませんでした。嫌がらせの電話や無言電話も毎日のようにかかってきます。会社は潰れるのではないか。そんな思いがよぎりました。

■事故を機に多角化路線を見直す。

事故の収拾の一方で、経営企画として最悪の事態を想定したシミュレーションも作っていました。鉱山や資産を売ったらいくらになるのか、本当に様々な想像を巡らせました。

JCOの事故は臨界が起きる可能性のある設備を使っていたために起きました。多角化で細分化した事業の管理に目が行き届かなかった実態も浮き彫りになりました。

多角化は間違ったことではありませんが、結果的に危機を招きました。本業から離れるほど会社の理念も浸透しにくくなります。自社で管理しきれない事業は継続が難しいと考え、選択と集中を進めました。

■2001年から海外のニッケルの製錬プロジェクト統括を担当する。

フィリピンなどで、回収が難しいとされていた低品位の鉱石からニッケルを回収する製錬プラントの立ち上げに関わりました。

交渉の途中で地盤に問題が発生し、工事が止まって計画が大幅に遅れたり、せっかく建設中だったのに、地元住民の反対にあって重機が焼かれてしまったり。不確実なことを予見するのはこうも難しいものなのかと痛感しました。

生みの苦しみはありましたが、結果的に鉱山など「資源」と中間製品から金属をつくる「製錬」、金属から機能性材料をつくる「材料」を柱とする現在の事業運営につながっています。

2000年代以降、中国が台頭して資源価格に大きな影響を与えています。日本企業としては、3つの柱を強くしてコスト競争力を磨くことが生き残りのカギと思っています。

あのころ……

2000年代、中国など新興国の間で資源需要が急増し、非鉄金属価格が高騰する「スーパーサイクル」が始まった。価格高騰と需要増を背景に非鉄各社や商社は資源事業を拡大し、収益を上げた。一方、中国の需要動向に左右されやすくなった。

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[日本経済新聞朝刊 2019年12月24日付]

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