映画・テレビの「劇伴」作曲家 管弦楽や交響曲に新風

関西フィルの定期公演に駆けつけた菅野祐悟(中央下)=山本 成雄撮影
関西フィルの定期公演に駆けつけた菅野祐悟(中央下)=山本 成雄撮影

「劇伴」と呼ばれる映画やテレビの劇中音楽出身の作曲家が、管弦楽や交響曲でも脚光を浴びている。劇伴で培った親しみやすい作曲で難解な印象の強い現代の管弦楽に新風を吹き込む。

「交響曲は自分を100%さらけ出す作業。力がないと太刀打ちできない。今42歳だが、この年になってようやく書く資格を得た気がする」。映画「3月のライオン」やNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」などの劇伴を手掛けてきた作曲家の菅野祐悟はそう語る。

今年4月、2作目の交響曲「交響曲第2番」を関西フィルハーモニー管弦楽団の定期公演で初演した。世界の名建築家に触発されて創作した約45分の曲だ。ハンス・ホラインの「すべては建築である」という言葉を念頭に、各楽章でガウディ、ル=コルビュジエらの思想を表現した。

9月には公演のもようがCD化された。「作品に思想が反映される建築家と作曲家は似ている。過去の作曲家には敬意を払うけれど、今の作曲家から生まれる音楽も必要。人の心に響くものを作る」と強調する。

「わくわくする」

菅野に曲を委嘱したのは、関西フィル首席指揮者の藤岡幸夫だ。数年前に話を持ちかけ、2016年に「第1番」を初演。藤岡は「調性があり、多くの人に愛される旋律の新しい作品が生まれないとクラシックが廃れる」との危惧を抱く。

菅野の作曲を「次にどんなフレーズが来るかわくわくする。今後もっと魅力的な作品が書ける」と高く評価。21年度にはチェロ奏者の宮田大と関西フィルで、菅野のチェロ協奏曲を初演する。

日本フィルの定期公演で自作を初演した大島ミチル(中央)=山口 敦撮影

9月にサントリーホール(東京・港)で開かれた日本フィルハーモニー交響楽団の定期公演。大河ドラマ「天地人」などで知られる作編曲家、大島ミチルが書いた管弦楽「ビヨンド・ザ・ポイント・オブ・ノー・リターン」が山田和樹の指揮で初演された。米国在住の大島は大国に押し寄せる難民や環境問題など、地球規模の深刻な事態を身近で体感。その経験がモチーフになった。

「純音楽の作曲は映像音楽とは全く違う。自分の哲学や思考をすべて音符にしている」と大島。近年、交響曲や管弦楽を積極的に書いてきた。「劇伴では情景が見えると評価いただいた。その経験は純音楽にも生きている」

芸術と商業の溝

オーケストラが演奏する同時代の作品は、難解な現代音楽が大半だ。藤岡は「素晴らしい作品もあるが、聴き手を選ぶ分野になってしまっている」と指摘。「幅広い作曲家にチャンスを与え、過去の傑作と肩を並べる作品を世に出したい」

かつて、劇伴出身の作曲家が管弦楽や交響曲で評価されるのは難しいとされた。純粋な芸術音楽と商業音楽の作曲家の間に溝があったからだ。

だが、日本人作曲家の劇伴が海外で人気を博すなど存在感が高まり、その溝は徐々に埋まってきた。先駆者の一人、作曲家の千住明は「昔はクラシック界で相手にされなかった」と振り返る。アニメ「鋼の錬金術師」など劇伴を多数手掛け、今や世界的に知られる人気者。この実績を武器に、00年以降本格的に純音楽に進出した。

これまでに「万葉集」「滝の白糸」といったオペラや交響曲などを作曲。20年には大規模な歌曲であるオラトリオも発表する。「劇伴作曲家として人の心に残る曲を書いたことが役立っている。一部の人しか分からないのではなく、多くの人に受け入れられる芸術音楽は可能だ」と訴える。

芸術性と大衆性のはざまで悩むのは音楽家だけでなく、あらゆるアーティストに共通する。優れた劇伴作曲家たちは因習的な二項対立を乗り越え、管弦楽の新たな可能性を開く。

(岩崎貴行、西原幹喜)

[日本経済新聞夕刊2019年12月10日付]

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