小説と演劇で描く人の本質 村田沙耶香と松井周が共作
芥川賞作家の村田沙耶香と劇作家・演出家の松井周が原案を共作し、小説と演劇「変半身(かわりみ)」を発表した。互いを「ドッペルゲンガー」に例えるほど、感性の近い2人が新たな想像の世界を開く。
「変半身」の舞台は架空の「千久世(ちくせ)島」。国内外の取材旅行や合宿などを通して、3年がかりで2人が生み出した。
3年前、初対面となった対談の際に「奇祭や儀式、そういった場での振る舞いに面白さを感じると意気投合した。そこから妄想や想像が広がって、架空の文化から作品を作ってみようという話に発展していった」と松井は明かす。
千久世島には創造主「ポーポー様」にまつわる神話や秘祭の伝統が存在し、住民は出自によって「山のもん」と「海のもん」の2つに分かれる。因習や名産品など細部まで練った原案をもとに村田は小説で現在と思(おぼ)しき島の姿を描き、松井は近未来の島を舞台で展開する。
演劇版では、森の中にある倉庫のような事務所で指導役の女性(安蘭けい)から、島民らしい4人の男女が講習を受けている。どうも島で産出する「レアゲノム」という希少な素材を盗難から守る警備を担当しているようだ。
そんな島の日常に時折、島の様子を俯瞰(ふかん)する超現実的なシーンが挟まれ、生命や人間、島の起源が徐々に明かされていく。大鶴美仁音ら俳優陣が現実と超現実の2つの異質な世界観に橋を架けながら進んでいく。
現実の課題描く
小説版、演劇版ともジェンダー、貧困、差別、女性への暴力、移民といった現実世界が抱える課題が多く描かれる。
村田、松井ともにこれまでの作品では人間の本能や社会で自明の価値観、常識といったものに変態的、非倫理的、グロテスクとも思える仕掛けや設定を持ち込んできた。一見現実から飛躍した世界や人間のありようを通じて、読者や観客の人間観を揺さぶり、人の本質をあぶり出す。
2016年に芥川賞を受賞した村田の「コンビニ人間」は、社会になじめない主人公がコンビニ店員としての「役割」に同化することで、世間の「普通」を獲得する。
「違う文化が自分に入ってくれば全く違う自分になる。ゴキブリを食べる文化に生まれたら、食べるのが普通なのかもしれない。その変化が人間の生々しい面白さ」と村田。松井も「人間の主体なんて所詮は(他人の)トレース。でたらめだと思う。一方、そのでたらめが積み重なり織り上がってできた主体をバカにできないという思いもある」と語る。
「ポーポー様」の神話や因習、捏造(ねつぞう)された伝統といったフィクションに振り回されながら暮らす島の人々。バカバカしいフィクションの力を借りて、その虚構や薄っぺらさを暴きながら「人間とは何か」という問いの根幹へ物語は迫っていく。
想像力が一体化
村田は長期にわたる共作を経て「想像力の外に言葉が飛び出し、1人では行けないところまで行けた」と演劇との相乗効果を指摘する。共同の原案は今となっては「どの部分がどっちの案だったかわからない」ほどに、2人の想像力は一体化している。
二次創作が苦手という村田はこれまで、1人で世界観や設定を作り込むスタイルを貫いてきた。今回は慣れない作業に苦しんだが「ヤケになって、書きたいようにとなったら進んだ」。
そんな生みの苦しみもまた、現実とフィクションが入れ替わったように作品世界に取り込まれている。「今まで村田さんが書いていなかった小説になった」と企画・編集を担当した山本充は指摘する。
小説版の単行本は筑摩書房から出た。舞台版は東京芸術劇場シアターイースト(東京・豊島)で11日まで上演中。その後、三重、京都、神戸に巡回する。
(佐藤洋輔)
[日本経済新聞夕刊2019年12月9日付]
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