消費者の工夫が世界に恩恵 フリーイノベーションの力
イノベーションのコストが下がっている。画像はイメージ=PIXTA
経済学者のヨーゼフ・シュンペーターは20世紀半ば、利益を追求する事業者や企業が生み出すイノベーションを分析する理論を確立した。企業が起こす「創造的破壊」の概念は広く受け入れられているが、デジタル時代の到来で地殻変動が起きている。
米マサチューセッツ工科大学教授のエリック・フォン・ヒッペル著『フリーイノベーション』(鷲田祐一監修、訳者は同氏のほか3人、白桃書房、2019年9月)は消費者によるイノベーションを理論と実証の両面から掘り下げている。フリーイノベーションとは「消費者が自費で無給の自由時間に生産し、潜在的には誰もが無料で入手できる斬新な製品やサービスあるいはプロセス」。ネットの普及でイノベーションのコストが下がり、主要国で急拡大しているという。消費者をイノベーションに駆り立てるのは報酬ではない。自ら工夫し、試行錯誤を重ねて何かを創り出す「創意工夫余剰」の概念を示し、生産と消費に二分する従来の分類の再考を迫る。
同書(原著は17年)の影響力は大きい。経済協力開発機構(OECD)は18年、統計の対象とするイノベーションの定義を「すでに市場に出ているもの」から「潜在的に消費者に利用可能な形となっているもの」に改め、フリーイノベーションを統計に取り込んだ。
小川進神戸大学教授は『ユーザーイノベーション』(東洋経済新報社、13年10月)で、ユーザーによるイノベーションの現状やフォン・ヒッペル氏の研究歴を紹介し、企業や政府の課題についても論じた。ユーザーイノベーションの能力と環境が向上している状態を「イノベーションの民主化」ととらえ、世界の潮流を先取りする議論を展開している。
ビクター・マイヤー=ショーンベルガー英オックスフォード大学教授は『未完の資本主義』(大野和基インタビュー・編、PHP新書、19年9月)で、巨大1T(情報技術)企業による市場の独占とイノベーションとの関係に言及している。ショーンベルガー氏によると「シュンペーターが抱いた最大の危惧は、イノベーションが大企業のみで起こり、寡占や独占に陥ること」。消費者は受け身の存在だと想定していたシュンペーターの危惧は杞憂だったといえる日が来るだろうか。
(編集委員 前田裕之)