開かずのトイレ対策、企業も本気 ブザーや空き情報
オフィスや店舗でトイレの個室がなかなか空かずに困った経験は誰もがあるはず。用便後もスマートフォンを見ながら長居する人が増え、利用時間が長引いているとの噂もある。実態を調べてみた。
中日本高速道路(NEXCO中日本)がトイレ利用のデータを持っていると聞いて東京支社を訪ねた。同社の管理するサービスエリア(SA)などの一部のトイレには、利用状況を記録する磁石センサーが付いている。ドアを閉めた時刻と、開けた時刻の差から利用時間を割り出すと2018年度の男性個室の利用時間は平均264秒。07年度の209秒から26%も増えた。女性は33%の増加だった。
「なぜ長くなったか理由は分からないが、トイレ利用が長時間化しているのは事実」と施設課の伊藤佑治係長。男性トイレでは同じく理由は不明だが個室の利用率が上がっていた。高速道路各社は15年度にトイレの設置基準を見直し、男性トイレの個室を大幅に増やすこととした。
社内でトイレの渋滞緩和に取り組んで成果を上げたのがリクルートホールディングスだ。より創造的、生産的に社員が働ける職場環境づくりの一環だ。「社内でアンケートしたら、トイレの混雑状況を改善してほしい、という要望が多く集まった」(佐野敦司総務統括室室長)という。
佐野さんらは(1)悪気がなくてもスマホを見てつい長居してしまう(2)外に何人待っているか分からないから早く出る気持ちが起こらない――との仮説を立てた。
解決策として出てきたアイデアがブザーの導入だ。待っている人が個室の中の人に自分の存在を知らせる。2週間試すと、従業員の感覚値ではあるが、男子トイレで平均待ち時間が4.6分から2.7分に減少。女子でも3.8分から2.0分に短くなった。仮説は当たっていたようだ。
記者は東京・丸の内のリクルート本社で、40階の男性トイレをのぞかせてもらった。
鍵を閉めた個室の中に、耳障りではない音量で「ピンポーン」とチャイムが鳴る。でもブザーを押すのは結構、勇気が要りはしないだろうか?自分が押される立場なら、せかされているように感じるだろう。
「最初は心配していたが、ブザーがきっかけで、他人を思いやる譲り合いの精神が次第に芽生えてきた」。実験に当たった福田幸則さんは話す。同社では全フロアにブザーを設置したが、投資額はわずか3万円だった。
都心部で多くのオフィスビルを所有する三菱地所によると、同社ビルでは業界基準より多めに個室を設けていることもあり、ひどいトイレ渋滞は起きていないそうだ。ただ「今後の渋滞に備えて、スマホで空き個室を確認できるシステムをトイレメーカーと考えている」という。
KDDIはスマホでオフィス内の空きトイレを知らせる有料情報サービスを17年から始めた。「トイレの回転率が高くなった効果と、トイレの使用時間が短くなったとの声が顧客企業から届いている」(十川圭太マネージャー)。同社は500~600室のトイレを管理しており、意外にも工場の採用が増えているという。工場はオフィスに比べ敷地面積が広く、トイレ問題は生産性に直結するわけだ。
長時間化の原因はスマホ以外にもあることが分かってきた。設備メーカーのTOTOによると、トイレを用便目的以外で使う人が増えているのだという。三菱地所では「食事をしたような痕跡が見つかることもある」というのだ。
TOTOがオフィスワーカー約千人に調査すると、4割が個室で携帯電話やスマホを使ったことがあった。「トイレで気分を切り替えたい」は全体で5割、20~30代は7割に上った。つわりなど女性特有の体調不良で休憩したい場合に女性が使う場所のトップはトイレ・化粧室だった。男性も6割が「一人で過ごしたい」との理由で通う。
TOTOは「一種の駆け込み寺のようになっている」(広報部)と分析する。人目を気にせず自分を解放できるようなスペースがオフィスには少ないことも大きいようだ。
NPO法人、日本トイレ研究所(東京・港)の加藤篤代表理事は「トイレが混むのはトイレだけに課題があるのではなく、実はトイレの『外』に原因がある場合が多い」と指摘する。トイレを快適に使うには、職場の環境改善も必要になってきそうだ。
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「死角」なくして安全に
長時間利用と並んでトイレの個室で課題になっているのは、中にいる人が病気や事故などで倒れても誰にも気づかれないリスクだ。「トイレは意外な死角」と日本トイレ研究所の加藤篤代表理事は指摘する。
小田急電鉄は大半の多目的トイレで一定時間が過ぎると駅務室に警報がいく仕組みを導入、安否確認をしている。NEXCO中日本は安否を気遣うメッセージが出るタブレット端末を23拠点に増やす。「安全・安心なトイレを目指す」と同社東京支社の軍記伸一副支社長は話す。
(木ノ内敏久)
[NIKKEIプラス1 2019年11月30日付]
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