阿部和重 山形3部作完結で「フィクションにケリ」

作家の阿部和重(51)が故郷の山形を舞台に書いてきた小説の3部作が完結した。「実在の土地を出発点としながら、いかに遠くまで行けるかを考えた」と、射程の広さに自信を見せる。

「自分が考えていたフィクションにケリがつけられた」と語る

今秋刊行の長編「Orga(ni)sm[オーガ(ニ)ズム]」(文芸春秋)は「シンセミア」(2003年)と「ピストルズ」(10年)に続き、故郷の山形県東根市神町(じんまち)を舞台にし「神町トリロジー(3部作)」の最終作となる。3年前に「東京・永田町直下地震」が起きたため、14年時点で神町は日本の首都になっているという設定だ。

物語は前米大統領のバラク・オバマの自伝の引用で始まり、自身と同名の作家「阿部和重」の東京都内の自宅に血まみれの米中央情報局(CIA)の工作員「ラリー・タイテルバウム」が転がり込む。それがきっかけとなり「阿部」は息子の「映記」とともに、CIAと、神町に住む「菖蒲(あやめ)家」との対立に巻き込まれる。

「ピストルズ」で一族の歴史が語られた菖蒲家の当主は、人の心を操れるという不思議な能力を持ち、CIAの監視対象となっていた。おりしも「阿部」の妻の「川上」は神町で映画を撮影中。「阿部」と「ラリー」のコンビは子連れで神町へ向かうが、そこにオバマの来日が絡む。

「私小説」という形式を更新

「3部作だが、それぞれ違う書き方をしたかった。『シンセミア』は多くの人物が登場する群像劇かつ犯罪劇であり『ピストルズ』は歴史劇かつ伝奇ファンタジー。今回は語り手を一人に絞り、スパイ小説やポリティカルアクション(政治活劇)を試みた。(リアリティーを担保する上で)『ラリー』のような人物を造形できて、自分でも手応えを感じている」

語り手の「阿部」だけでなく「川上」も実際の妻で作家の川上未映子を想起させる。「僕自身と結びつけて読まれるのは必然でしょう。でも、フィクションの中でリアリティーをどう扱うかは大きな問題であり(日本文学伝統の)『私小説』という形式を更新してみたかった」と明かす。

長年手がける映画評論の経験も影響している。「僕は架空の人物や出来事に基づくモキュメンタリー(疑似ドキュメンタリー)という手法を批判してきた。その立場からすると、嘘をリアルなものとして提示するのは仕方ないにしても、それが本当ではないことをどこかで示す必要がある」

新たな年代記

20年かかって完結した神町を舞台とした3部作

特定の土地をめぐる年代記「サーガ」は文学の有力ジャンルの一つ。「神町サーガ」とも呼ばれる3部作は、その手法の「更新」も目指したようだ。「『シンセミア』では神町がどのような町か、地図を見るように紹介した。その意味で実際の神町を出発点としながら、そこからいかに遠くまで行けるかを考えた。なにしろ首都機能が移転してきていますから」と笑う。

「阿部」は突然「ラリー」に押しかけられ、面倒に巻き込まれるが、どこか憎めない感情を抱いている。それは常にテーマにしてきた日米関係に重なる。「アメリカといかに付き合うべきか。沖縄の負担は減らさなくてはいけないが、人権主義を世界に広げるにはその力が必要。個別・具体的に考えていかなければならない問題だろう」

神町が舞台の小説は「Orga(ni)sm」で最後になる。「書くことがなくなったわけではないが、自分が考えるフィクションのあり方にケリがつけられた」ときっぱり。執筆開始から20年がかりの連作に区切りをつけ、今後は新聞連載中の「ブラック・チェンバー・ミュージック」のように、現実の国際情勢を基にした作品を中心にする。

(編集委員 中野稔)

[日本経済新聞夕刊2019年11月26日付]