社長のカジダンへの道 役割分担よりも相互サポート
ノバルティスファーマ社長 綱場一成氏
息子が通う保育園に、緊急連絡先として私を登録してはどうか。妻にそう提案したことがある。園で子供が病気になったとき、母親には厳しい口調で「早く迎えに来てください」と連絡が入るが、相手が父親だと「もしお時間があれば」と低姿勢になる――。知人からそんな話を聞いたからだ。
妻からは「あなたが出張でいないときはどうするの?」と言われた。私は仕事柄出張が多く、残念ながら難しいと断念した。
家のあらゆることは妻がプランニングすることが多い。例えば、5~10年先の学校をどうするかなど長期的なテーマは夫婦で議論するが、明日の登園準備や来週の園行事などは妻が主導権を握る。
上司の役割が戦略を練って実行させることであれば、私は家のことは妻が上司になるほうがうまくいくと思っている。その場合、部下である夫にとって必要なのが「認知・称賛」、つまり言葉で肯定されることだ。
子供の水筒を食洗機で洗うとき、蓋を閉じたままだと中に水がたまって汚れが取れない。蓋を開けて入れたら、妻に「開けておいてくれてありがとう」と言われた。すると、次からも頑張ろうという気になる。"部下"が実行したことに対して"上司"が後から「ありがとう」とねぎらうのが大切だ。
家のことのプランニングは「名もなき家事」の最たるものだ。我が家に限らず、重要度が高いのに見えづらい部分を妻が担って、夫は実行役という家庭は多いだろう。つい「自分は家事をこんなにやっている」と言いたくなるが、世の夫は本来、掃除や皿洗いなど見えることを全て実行して初めて、プランニング役の妻と家事バランスが五分五分になるのだと思う。
育児や家事のハウツー本にはよく、「夫婦で役割分担しよう」と書かれている。しかし私は、役割分担でうまくいくというのは幻想だと思っている。我が家では子供のお迎えや洗濯、風呂掃除、買い物などを誰が担当するか、明確なルールを決めていない。「自分のことは自分で」の延長線上で家族の分もするというスタンスだ。
かつては企業でも各人の業務の責任分担を明確にしていたが、サイロ化(組織内の孤立)を招くと問題になった。今は組織を超えて責務をサポートし合うようになっている。家庭も同様だ。「ゴミ捨ては夫が」「食事の準備は妻が」などと決めるから、決められたこと以外しなくなり、フラストレーションを招くのではないか。
夫婦とは愛情で結ばれた他人同士だと私は考えている。常に相手を気遣いつつ臨機応変に対応しているつもりだが、出張や早朝からの会議で不在のことも多く、妻によるとまだまだだそうだ。それは「家事の半分を担っている」のは幻想でしかないことを意味する。
せめて家にいる間は、やれることはすべてやりたい。来月には第3子も生まれ、ますます大変になる我が家。カジダンへの道はまだまだ続く。
東大経済卒。米デューク大MBA取得。総合商社を経て米イーライ・リリーで日本法人糖尿病領域事業本部長や香港、オーストラリア、ニュージーランド法人社長を歴任。2017年4月から現職。48歳。
[日本経済新聞夕刊2019年11月26日付]
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