ギリシャ悲劇グリークス 10時間上演に込めた演劇の力
上演が10時間に及ぶ大作演劇「グリークス」が、21~30日にKAAT神奈川芸術劇場(横浜市)で上演される。重厚なギリシャ悲劇を、エンターテインメント色の強い演出で軽快に見せる。
「悲しみ 苦しみ エレクトラ 希望を なくした エレクトラ」――。
セリフにラップ
第8幕「オレステス」は古代ギリシャ三大悲劇詩人ソフォクレスの代表作に基づく。父を殺した母とその愛人に復讐(ふくしゅう)を果たした娘と息子の苦悩を、演出の杉原邦生はセリフにラップを取り入れるなど現代的で、明快なタッチに仕立てた。
ギリシャ悲劇は人の業、哀れな運命をつづり、欧州の演劇の源流となった。俳優と合唱隊(コロス)の掛け合いで進行するのが特徴だ。難解な印象があるが、杉原版グリークスは驚くほど軽やかに進行する。
コロスの女性たちはトロイヤ戦争に赴く英雄の噂話に花を咲かせ、キャピキャピとはしゃぐ。威厳に満ちたはずの神アポロンは顔を白塗りにして、道化師のよう。ダンスや歌、笑いを随所に盛り込んで、若手主体の俳優陣が躍動する。
「歴史を踏まえたうえで、今の観客に伝わる形で上演しなければ意味がない」と杉原は強調する。グリークスはもともと英国の演出家ジョン・バートンと翻訳家ケネス・カヴァンダーが、10作のギリシャ悲劇を1つの物語に再構成。トロイア戦争から17年余を壮大なスケールで描く。1980年に英国で初演、日本では2000年に蜷川幸雄の演出で上演された。
杉原は今回、翻訳家の小澤英実に新訳を依頼した。現代人の会話に近いセリフが耳にしっくりなじむ。
「戦争」「殺人」「神々」の3部で構成。全体を貫くテーマとして、杉原は「神と人の関係」に着目した。絶対的な信仰対象であり、人々を翻弄する神々はやがて「私たちの苦しみは神のせいだ」と非難を浴び、最後は「神様なんてほんとうにいるの?」とまで軽んじられる。一方で、絶望の淵に追い詰められた人を救うのもまた神である。
舞台上には「GODS」の文字が掲げられる。人々が神を敬う場面では仰ぎ見られる存在だが、権威が失墜すると斜めにぶら下がって落ちそうになり、神々の黄昏(たそがれ)を象徴する。「人間の態度が変わることで、神の存在が変化していく様を表現した」という。
難解なギリシャ悲劇がわかりやすく
10作は通常、別々に上演されることが多い。完結した物語としても成立しているが、有機的に結びつき、壮大な叙事詩を描き出す。
例えば、第1幕「アウリスのイピゲネイア」で、ギリシャの将軍アガメムノンが、神の神託に従い娘イピゲネイアを生け贄(にえ)としてささげる。そのエピソードが第5幕「アガメムノン」で娘を殺された妻による夫殺し、第6幕「エレクトラ」では父を殺された娘と息子による母殺しへと連なり、血で血を洗う悲劇が連鎖していく。10作品をまとめて鑑賞することで、難解で複雑なギリシャ悲劇ががぜん面白くなってくる。
先に京都芸術劇場春秋座(京都市)で初演。午前11時に幕を開け休憩を挟んで、終演は午後9時を過ぎていた。もっとも、観客からは「思ったほど長いとは感じなかった」との声があがっていた。
数十秒のネット動画が氾濫し、刹那的な短文投稿に皆が熱中する現代。杉原は「長時間の大作だからこその、演劇の力を見せつけたい」と力を込める。「演劇は演者と観客が同じ場所に集まらないと成立しない。現代人にとって長時間客席に座り続けることは拷問に近いが、そこでしか体験できないことがきっとある」
(小国由美子)
[日本経済新聞夕刊2019年11月19日付]
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