踏み間違い事故を防ぐ ワンペダル運転を試してみた

NIKKEIプラス1

2019/11/16付

アクセルとブレーキの踏み間違いによる自動車事故が後を絶たない。衝突を防ぐ自動ブレーキ搭載の新車は8割を超え、「絶対に踏み間違えない」安全装置もあるという。事故を減らす技術を探った。

JR熊本駅から30分ほど。熊本県玉名市のナルセ機材を訪ねた。アクセルとブレーキを1つのペダルに組み込み、踏み間違い事故を防ぐ装置を30年近く前から作る。その名も「ワンペダル」。見た目は通常のブレーキの位置に大きな足形のペダルが1個だけ。アクセルペダルはない。「どうやって動かすのだろう」

「簡単ですよ」。84歳の鳴瀬益幸社長に教わり、試乗させてもらう。簡単だった。ブレーキは通常通りペダルを踏む。アクセルはペダルの右側にある細長いレバー。右に少しずつ押すと加速する仕組みだ。最初はこの動きが慣れない。座った状態でつま先を横に倒す動きは、日常生活でほとんどないからだ。

コツは「つま先を動かすのではなく膝を開く感じ」(鳴瀬さん)。なるほど、何度か繰り返すと慣れてきた。レバーは本体のアクセルに連動しているが、通常の3分の1程度の負荷に調整している。周囲の公道を20分程度運転したが、力はほとんどいらず、疲れることもなかった。

「車を動かすのと止めるのが同じ足の同じ動作であることが根本的な問題」と語るナルセ機材の鳴瀬益幸社長(熊本県玉名市)

ブレーキペダルを踏むとアクセルは解除される仕組みなので、アクセルとブレーキが同時に利くことはない。信号で再発進する際、習慣でペダルを踏み込んでしまうことが何度かあった。

でも「ブレーキがかかるだけなので特に問題ない。その逆に、間違ってアクセルを踏むという動作はやりたくてもできない仕組みにした」(鳴瀬さん)。

メリットは踏み間違えがなくなるだけではない。ペダルの踏み替えがない分、空走距離が短くなる。空走距離とは危険を感じてから実際にブレーキが利くまでに走った距離のこと。高齢になるほど反応が鈍り、空走距離が長くなる。坂道発進の際も、踏み替える間の後退がなくなるので、安心感が増す。

ペダルを踏み分けずに加速・停止ができる「ワンペダル」の構造(熊本県玉名市のナルセ機材)

ほとんどのオートマチック車に後付けで装着できる。同社で取り付ける場合、費用・税込みで18万7千円。玉名市には5万円の補助金制度がある。これまで約900台の販売実績があり、最近は問い合わせが急増している。

交通事故総合分析センターによると、踏み間違い事故は2018年に4431件、うち死亡事故は58件。同センターの中西盟渉外事業課長は「高齢者は特に死亡事故につながりやすく、衝突被害軽減ブレーキ(AEB)の普及がカギ」と話す。AEB搭載は18年の新車で84.6%に達する。今年の東京モーターショーでも、各社は最新のAEBなどの安全技術を披露した。

SUBARU(スバル)の運転支援技術「アイサイト」は、ステレオカメラが前方の車や歩行者を認識、衝突の危険があればまず注意喚起し、回避操作がなければ自動でブレーキ。20年にはよりカメラを広角化し、自動ブレーキの作動範囲を拡大した新世代アイサイトを投入する。

前方を監視し必要に応じてブレーキ制御を自動で行う(SUBARU「アイサイト」のステレオカメラ)

SUBARUの中村知美社長はモーターショーの会場で「2030年には『人の命を守る』ことにこだわり、死亡交通事故ゼロを目指す」と強調した。安全運転を支援する技術は進化し続けている。

そもそもなぜアクセルとブレーキを右足だけで操作するのか。全日本指定自動車教習所協会連合会によると「マニュアル車でギアを変えるクラッチペダルが左足の操作になるため、アクセルとブレーキは右足が基本。オートマチック車限定免許もあるが、教習所は基本を教えている」。

記者の同僚はオートマ車でアクセルは右足、ブレーキは左足、と使い分けているという。「空走距離も短くなるし、安心感が増すよ」。同感だ。車の技術革新の前に、自らの運転技術で安全性を高める工夫もある。

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免許返納 心に喪失感も

俳優の加山雄三さん(82)や杉良太郎さん(75)の運転免許返納が話題になった。ワンペダルのナルセ機材には高齢者が試乗に訪れる。鳴瀬益幸社長は「ワンペダルでも運転が不安ならば、免許は返納した方がいいと伝える」。確かに運転しなければ事故は起きないが、家族が無理に返納させると喪失感にもつながりかねない。「家族旅行の思い出もある。免許証には人の歴史とプライドが詰まっていますから」(鳴瀬社長)。自分で「危ない」と感じたら免許返納を決断するつもりだが、事故防止の技術が進めば、自動運転限定の免許ができるかもしれない。

(大久保潤)

[NIKKEIプラス1 2019年11月16日付]