シンプルにがぶり 岐阜の鹿肉料理、熟成でうまみ増
岐阜市街地のレストランでは年中「ジビエ」の文字を目にする。なかでも一般的なのが県産の鹿肉料理だ。狩猟肉のジビエは秋から冬が旬と思われがちだが、保存やエイジング(熟成)の技術が進み、いつでも食べられる素材となった。下処理の工夫により、臭みのない味が楽しめる。
柳ケ瀬商店街のミツバチ食堂は無農薬食材や自然派ワインにこだわる。「飛騨高山産シカのロースト」は定番の一つ。ご飯と味噌汁を追加して夕食にする常連客もいる。シェフの中根正貴さん(37)は「火を入れすぎるとパサパサになるので、ゆっくり加熱するのがコツ」と話す。
1分ほどフライパンで焼き色を付けたら、180度のオーブンに入れたり出したりを5、6回繰り返す。出来上がりまで30分弱かかった。この時期だとマコモダケのソテーと紫ジャガイモのピューレを添え、フォンドボーと白ワインベースのペッパーソースをかけたら完成だ。
使用するモモ肉は脂身がほとんどない。2センチ近い厚みだが、ナイフに軽い力をかけるだけですうっと切れる。さっぱりとした舌触りで、約150グラムを簡単に平らげてしまった。肉汁は独特の滋味を持つが、臭みはない。その秘訣は下処理方法にあるという。
捕獲した鹿を素早く血抜きした後、枝肉のまま冷蔵庫で10日以上かけて熟成する。それから冷凍保存して殺菌し、調理前に10日ほど0度前後の温度で再び、真空パックして熟成するウエットエイジングにかける。この工程によってタンパク質からアミノ酸への分解が進み、うまみが増す。
「シンプルに肉にかぶりついてほしい」と話すのは管理栄養士の竹内綾美さん(33)。経営するイタリア料理店、うれし野のお薦めは、鹿のロース肉をあばら骨を付けたまま焼く「骨付き鹿ロースの戦国焼き」だ。味付けは塩とコショウのみ。タマネギやサツマイモなど付け合わせの焼き野菜が鹿肉そのものの野趣を引き立て、程よい歯応えが満足感を高めてくれる。岐阜ゆかりの戦国武将たちもこんな一皿を味わったのだろうか。
岐阜駅近くに店を構えるおせんは岐阜県郡上市から仕入れた「鹿肉のロースト金華山盛り」を提供する。ローストしたロース肉をスライスして盛り付け、ゴマ油と塩、しょうゆで味付け。薬味にネギをまぶす。大女将の三宅智子さん(31)は「洋風でなく、馬刺しの感覚で仕上げた」と話す。県外からの来客も多く、「岐阜にこんな食材があったんだ」と驚かれるという。
主に使用される部位はロースとモモだが、ロースト料理などの際に取り除かれるスジのほか、内臓やスネ、タンを使った料理も入荷状況に応じた裏メニューとして存在する。スジ煮込み、スネ肉のラグーパスタなど、料理名を聞いただけでいかにもおいしそうな香りが漂ってきそうだ。なかでも珍しいのが鹿のタン。薄切りにして「しゃぶしゃぶ」でいただくという。
鹿肉カツや、他の部位を使う料理を研究中の店も多い。今後、岐阜の鹿肉料理はどんな進化をみせてくれるだろうか。
(岐阜支局長 小山雄嗣)
[日本経済新聞夕刊2019年10月31日付]
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