親が認知症かも、まず誰に相談すべき 本人告知難しく
経験者の声聞く/あせりは禁物
どんな病気も早く見つけて治すのがいいとわかっていても、家族に認知症の疑いがある場合、事情はかなり違ってくる。本人が病院へ行くのを嫌がるケースもある。根本的な治療法がないなかで病気の告知をどうするかという難しい問題もつきつけられる。
記者の母はアルツハイマー病で要介護5。日常生活のすべてが介助なしにはできない状態で、2年半ほど前から施設で暮らす。父が「おかしいな」と「異変」に気づきはじめたのは約6年前だった。
財布の中はいつも小銭だらけ。スーパーのレジで支払う際はお札しか出さない。食器の片付けでも皿やコップを決まったところに置けなくなった。注意してもなおらない。
父はたまたま知人からアルツハイマー病について知らされ、母が加齢による物忘れとは違うと確信したという。
それからが大変だった。当時、80歳になっていた母は歯科医以外の病院には行ったことのない、とても元気な人だったからだ。健康診断やがん検診を受けたこともなく、かかりつけ医もいなかった。
「一度、病院で診てもらおう」といっても、頭を縦に振らない。「元気だけがわたしの取りえ」といって譲らない。「物忘れがひどくなった」と指摘すると、「ばか扱いする」と烈火のごとく怒り出す。
2014年夏、市の新しい決まりで後期高齢者は必ず健康診断を受けなければならなくなった、と嘘をついて「もの忘れ外来」のある家の近くの病院に連れて行った。
問診中は帰りたがって、医師の話を聞こうとしない。磁気共鳴画像装置(MRI)検査に連れて行こうとする看護師の手を振り払って逃げる。どこか何かにおびえているような「抵抗」にみえた。
認知症サイトをみると、記者が経験したような認知症の人の家族が抱える悩みの投稿をよく目にする。「認知症を認めたがらない父に診断を受けてもらうにはどうすればよいか」といった問いかけだ。
東京都健康長寿医療センターの鳥羽研二理事長は「かかりつけ医にまず相談する。もし、いない人は認知症サポート医を探し診てもらうのがよい」という。
認知症サポート医は専門医ではないものの、認知症への対応を習熟した医師たちだ。高齢者がよく通院する整形外科や眼科の医師が担っていることもある。自治体の窓口に問い合わせたり、専用サイトで探したりしてみよう。
80歳前後になるとどんなに元気でも「つまずく」「転ぶ」「腰が痛い」といった老年症候群の項目がいくつかあてはまる。「こうした症状を理由に、一度、脳の検査をしてもらおうと説得してみるのも手」と鳥羽氏は話す。
「診断を急げばいいというものでもない」。こう語るのは認知症対応型ミニケアホームきみさんち(東京・練馬)の管理者である介護福祉士の志寒浩二氏だ。日本の社会には認知症に対しネガティブなイメージと偏見がある。「診断を受けるメリットと無理に病院に連れて行くデメリットとを考えてほしい」と言う。
確かに認知症は本人だけでなく家族も長く付き合っていかなければならない病気だ。家族側に受け入れる覚悟ができていないと、診断がついた途端に混乱や戸惑いを招くことにもなりかねない。
公的な介護サービスを受けるには認知症との診断が必要になってくる。家族会や地域包括支援センターなどへの相談から始めてみる。周囲に必ずいるはずの経験者の声を聞くのもよいだろう。
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本人への告知 医師側も戸惑い
認知症の診断がついた場合、それを本人に知らせるかどうかの判断はとても難しい。病気について正しく理解しているとは限らず、安易に告知してしまうとパニックを引き起こしかねない。きちんと受け止めることができるかなどを慎重に見極め、個別に対応していくしかない。
告知については医師側も戸惑いを感じているようだ。浜松医科大学はミシガン大学との共同研究で5月、認知症の告知についてかかりつけ医がどう対応しているかの調査結果を公表した。24人の医師にインタビューしたところ、全員が家族には病名を告知していたが、うち4人は本人への告知を見送っていた。告知する場合でも病名を避けて「ひどい物忘れ」といった遠回しの表現にとどめている医師もいた。
今回調査をした浜松医大の井上真智子特任教授は「認知症はこれからかかりつけ医が診るケースが増えてくる。告知について医師側も議論しスキルをトレーニングする必要がある」と話す。
(編集委員 矢野寿彦)
[日本経済新聞夕刊2019年10月30日付]
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