動物園は学びの宝庫 希少種保護、本来の姿いきいきと
休日の定番スポット、動物園が「学び」の場に姿を変えている。来園者に地球環境を考えてもらい、希少生物を保全するための試行錯誤も重ねる。新たな取り組みを模索する現場を訪れてみた。
3月から富山市ファミリーパークで公開が始まった富山県の県鳥であるニホンライチョウ。「富山出身だけれど実際に見たのは初めて」。友人と訪れたという富山市の男子大学生は興味深そうに目を輝かせた。見た目からは想像できないような、しゃがれた声で威嚇するオスのライチョウ2羽は同園で生まれた。
本州の高地に生息するニホンライチョウは国の特別天然記念物だ。環境悪化の影響などで2000羽を切ったともいわれる絶滅危惧種でもあり、環境省はライチョウ保護増殖事業計画を策定している。同パークは6施設ある拠点の一つで、2015年には北アルプス・乗鞍岳で採取した卵のふ化にも成功、現在は国内施設最多の13羽を飼育する。
ライチョウ復活に向けたネックの一つは自治体や動物園の自主財源に依存している資金の確保だ。同パークはインターネットで資金を募るクラウドファンディングで、17年12月から18年2月までの3カ月間で目標の1000万円を上回る約2627万円を集めた。野生復帰に向けた腸内細菌の分析やエサの開発の研究などに使われる。
種の保存を巡る作業は時間との戦いでもある。石原祐司園長は「動物園は自然に戻す個体をつくるなど種の保存に向けた実行部隊のひとつ。動物園でしかできないことをしていきたい」と力を込める。
土と緑と水に囲まれた中でのんびりと過ごすホッキョクグマ。子供の頃に動物園で見た「壁も床も白一色」という背景ではない。「今までの動物園のイメージとは異質かもしれないが、ホッキョクグマにとっては安らかに過ごせる環境」。よこはま動物園ズーラシア(横浜市)の村田浩一園長は話す。
ズーラシアでは、できる限り動物の本来すんでいる状態を再現する「生息環境展示」を取り入れる。動物だけではなく生活状況も見せることで、環境保全や種の保全の大切さも伝えようという試みだ。
動物を教材にした環境教育・学習プログラムにも力を入れる。その一つが今年で9期目となる「ズーラシアスクール」だ。小学校4~6年生約30人を募集し、9月から3月まで月一度、動物と人を取り巻く環境について考える。
環境教育は一方的に教えるのではなく、感性に訴えることが大事だという。参加者は、実際に動物を観察するほか、手作りの教材で地球温暖化などについて楽しみながら知る。「環境について知らないと環境は守れない」(村田園長)。動物を見学するだけではなく「自分が地球に何できるのか」を考えるきっかけ作りを目指している。
「ぞうはいません」。大牟田市動物園(福岡県大牟田市)の入り口にはこんな看板が置かれる。動物園の人気者の代名詞ともいえるゾウの姿は13年から園内にはない。「この看板が動物園のコンセプトを体現している」(企画広報担当の冨沢奏子さん)
同園の面積は約4万5000平方メートル。群れで生活するゾウを飼うには、園の約3分の2をゾウ舎にする必要がある。「生活の質を高め続けられないならば、飼育しない」
「動物福祉を伝える動物園」を掲げる同園が目指すのは、動物、動物園と来園者の3者のウィンウィンウィンの関係だという。その取り組みの一つが「環境エンリッチメント」。安心できる逃げ場所をつくるなど、動物が暮らしていく環境を豊かにする多くの選択肢を用意する。
生活の質を高めるための「ハズバンダリー(飼育管理)トレーニング」も取り入れる。健康管理のための採血などを、無理強いすることなく動物側に協力してもらうことで、動物のストレスを減らす。ライオンなどの無麻酔採血を国内で初めて成功させた。
ゾウはいなくなったが、エサの肉を探してジャンプして木を登るライオンの姿などが人気を集め、来園者は13年の年間約19万人から18年度には同約23万7千人に増加した。 「動物の魅力を伝えるには、動物自身がいきいきしていなければいけない」と冨沢さん。動物が快適に過ごせるための努力に終わりはない。
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ライオンもキリンも希少種
パンダやコアラだけではなく、キリンやライオンも――。おなじみの動物の多くが絶滅危惧種を含む希少種となっている。現代の動物園は「レクリエーション」「調査・研究」「環境教育」「種の保全」の4つの役割が求められ、将来に向けては共同で希少種の繁殖事業に取り組み「ノアの箱舟」の責務も担う。日本動物園水族館教育研究会の高橋宏之会長は「動物を見るための『窓』だった動物園は地球環境を考える『入り口』に変わってきている」と話している。
(伊藤新時)
[NIKKEIプラス1 2019年10月26日付]
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