昇進で「チーズはどこへ?」を再読 踏み出す勇気得るEY新日本監査法人理事長 片倉正美氏

片倉氏と座右の書・愛読書
片倉氏と座右の書・愛読書
町工場が並ぶ東京・大田区育ち。実家も鋳物工場を営んでいた。学校が終われば近くの図書館に通った。
かたくら・まさみ 1968年東京都生まれ。91年明大経営卒、太田昭和監査法人(現EY新日本監査法人)入所、2016年常務理事、今年7月から現職。

ひとり自転車で少し遠くへ行く。小学生の私にはちょっとした冒険です。それが図書館でした。きれいな装丁の本が好きで、『千夜一夜物語(アラビアンナイト)』シリーズを引っ張り出して並べるのがとても楽しかった。

そこから日本昔話や伝記物に広がりました。努力を惜しまない、逆境を乗り越える、がんばってこそ報われる。そんな考えが培われたと思います。

中学時代にはまったのが推理小説です。赤川次郎は友達と回し読み、『ひまつぶしの殺人』が好きな一冊です。アガサ・クリスティーも好きでした。

私の読書は、色を思い浮かべます。この話はピンク、こっちは緑かなと。高校生のとき、何気なく手にしたのが安部公房の『箱男』でした。読み始めると色はセピア。昔の風景に自分が溶け込み、周りから音が消える。現実離れしたシュールな話が淡々と進み不思議な感覚に包まれました。努力しても報われない。そんな対極を安部に見せられたようで次々読み進みました。

大学進学後ほどなく会計士を目指して勉強を始める。そのときの2冊の教科書がずっとバイブルだ。

実は小さい頃から会計士は憧れでした。親類が会計事務所に勤めていて、出入りする大人は丁寧にお礼をいってくれ、手土産にケーキまでくださる。実際に大学で学び、会計士の重要さを理解できた。企業の決算書に第三者の立場からお墨付きを与える。経済に欠かせないインフラです。一生やっていくに足る職業だと思ったのです。

学んだ本の中でも、岡本清の『原価計算』は会計士の職についても必ず立ち戻った本です。ものづくりにおいて「原価計算」にこそ会社の信念が表れます。原材料を選び、生産工程を常に工夫し、歩留まりを上げる。1円単位で刻むようにカイゼンを重ねます。

若い頃の仕事の現場は、顧客企業の工場でした。紙の帳簿を一枚一枚めくる監査です。部品の型番も覚え、在庫として価値があるかなど会社側とよく議論したものでした。いまはどんどんシステム化され、原価計算の過程が見えなくなったのは残念ですが。

飯野利夫の『財務会計論』は学術書ながら詩的な表現がちりばめられています。「会計の歴史の大部分は文明の歴史である」との引用は頭に刻まれています。人が動くと必ずお金が動き、そこに会計が必要になるのです。

電機メーカーを担当した縁もあり、2005年に経済産業省に出向して日本のIT(情報技術)政策を立案する作業に加わる機会をもらいました。その際に出合ったのが、クスマノの『ソフトウエア企業の競争戦略』です。

日本はプログラム上のバグ(誤り)を徹底的に減らすことに力を注ぐ。しかし実際は、その強みが逆に機動力をそぐことになっていました。ソフト開発に妥当な対価が支払われない現実もありました。契約を口約束にしない、仕様を事前に詰めるなど会計実務の視点を盛り込みながら、産業の競争力を考える、とてもいい経験でした。

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