ボーイズラブ作家が「文芸」進出 繊細な心理描写光る
男性同士の恋愛を描くボーイズラブ(BL)小説。ファン以外には知られざる存在だった作家が一般文芸作品を発表し、注目を浴びている。様式美の世界で培った繊細な描写力が強みだ。
「BLは少女漫画に構造が似ていて、最終的にハッピーエンドへと向かっていく。一般文芸ではそれを意識しない着地点が書けた」
BL作家として12年のキャリアを持つ凪良(なぎら)ゆうは8月末にBLではない一般文芸「流浪の月」(東京創元社)を刊行した。幼女誘拐事件がテーマで、長じた被害者と加害者が新たな人間関係を選びとる。きめ細かい心理描写を重ね、深い余韻を残す。
世間の常識から外れ、疎外される主人公たち。凪良は「BLと一般文芸、内容は違うが社会で受け入れられにくい人を書いているのは同じ」と話す。
知られざる存在
発表前から注目され、見本を読んだ紀伊国屋書店梅田本店(大阪市)の小泉真規子氏は「BLを読まないので凪良さんを初めて知った。表面的な事実で他者を糾弾しがちな今の世に必要な物語だと感じた」という。同作に先駆け、2017年発行の既刊「神さまのビオトープ」(講談社タイガ)に着目し、販売に力を入れた。こちらも一般文芸で、夫の幽霊と暮らす女性が主人公だ。発売から2年を経て重版が決定。現在5刷と異例の売れ行きを示す。
12月にはポプラ社からも一般文芸作「わたしの美しい庭」が刊行される。編集担当の森潤也氏は「文章につやがあり、人の心を繊細にすくい上げる。BLにはこんな書き手がいるのかと驚いた」と明かす。
凪良に注目する編集者や書店員がそろって口にするのが「こんな優れた書き手がいたなんて」という未知の才能への称賛だ。かつて純文学、エンターテインメントなど細分化していた文芸のジャンルも今はあってないようなもの。そんな中、BL小説とその作者はいまだ熱心なファン以外には知られざる存在といえる。
BL小説研究家の永久保陽子氏は「運命的に結ばれる男性2人の恋愛物語という型があるために、業界以外からは目を向けられにくかった」と指摘する。一方で「同じ形式の話で読者を引き付けるには筆力がいる。BLの人気作家は本質的に力量がある」とみる。
崎谷はるひ、榎田ユウリら「BL以外でも活躍する作家は以前からいる」と永久保氏。1990年代半ばにデビューした木原音瀬(このはらなりせ)は代表的な存在だ。06年に出した冤罪(えんざい)で刑務所に服役中の男と、同房の男の間に芽生える愛を描くBL作品『箱の中』が、12年に講談社文庫に入った。一般文芸の編集者からも注目される。木原は「一般文芸では恋愛が中心じゃない話が書けるのではと、かねて興味があった」と話す。
その後、小児性愛がテーマの「ラブセメタリー」(集英社、17年)、嘘つきの少女や虫を食べる優等生を主人公に人の二面性を暴く短編集「罪の名前」(講談社、18年)といった一般文芸作品を相次いで出した。集英社の担当編集者の栗原清香氏は「マイノリティーやタブーを描く角度が独特で、ジャンルに収まりきらない人」と高く評する。
宝塚の文学版
振り返れば「グイン・サーガ」シリーズなどのヒットメーカー、栗本薫はBL小説の先駆けといえる存在だった。SFからホラー、ミステリーと多彩な作品を手掛け、マルチな才能を発揮した。
永久保氏は「BL作家の一般文芸進出は、宝塚歌劇出身者が芸能界で活躍するようなもの」と例える。固定ファンに支えられて独自の世界観やテクニックを磨きながら、いったん外に出れば「実力派」として高く評価される。
より大きなフィールドで才能を発揮するBL出身作家たち。読者にとっても新鮮な作品が続々と生まれている。
(桂星子)
[日本経済新聞夕刊2019年10月7日付]
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