伝統の味を固めて食べる 革新的な仏のオニオンスープ
長い歴史を持つフランスの庶民料理、オニオンスープが著名シェフらの手によって洗練され、全く新しい形で提供されるようになってきた。食感や外見をがらりと変えたり、伝統のレシピを意識しつつ味を研ぎ澄ましたり。様々な手法で新鮮な驚きや楽しみを提供している。
フランスの典型的なオニオンスープは、切ったタマネギに火を通し、肉などをベースにしたブイヨンを加える。それを弱火でしばらく熱した後に器に移し、スライスしたパンとたっぷりのチーズを浮かべてさらに加熱したものだ。どちらかと言えば庶民の料理で、軽めの夕食や、深夜に小腹がすいた時などに食べる。
「驚きと現代的な味を作りたかった」と話すのは、パリ中心部のミシュラン三つ星レストラン、ルサンクの総料理長クリスチャン・ルスケール氏(57)。ウズラの卵ほどのゼリー状に固められたスープは、一見、何の料理か分からない驚きから始まる。
ゼリーの中身はとろみのあるスープで、かむと口の中で優しいタマネギの甘さが広がる。「スープが器の外にこぼれる心配をせず、スプーンでさらっと食べたい」との発想でこの形に行き着いた。型破りにみえて、基本に忠実な食材を使っている。
パリ中心部の二つ星レストラン、シュールムジュールパール・ティエリー・マルクスが出すスープは美的な観点からも磨きをかけた一皿だ。
弱火で甘さを引き出したタマネギのひとかけらを金色の器の底に置き、上にジャガイモやチーズを基にしたカリッとした切片を乗せる。その周りにしっかりとした味のスープをかける。従来のオニオンスープにあるようなボリューム感を消し、静かでシンプルな美しさをみせる。スープの味の強さをタマネギの甘さとチーズが中和して味に深みを出している。総料理長のティエリー・マルクス氏(60)は「画像的な美しさ、別の次元の料理を考えた」と語る。
昔ながらのレシピを守る店もある。「パリの胃袋」と呼ばれた中央市場があった中心部レアール地区の一つ星、ラプルオポだ。
1935年創業の同店を買い取った二つ星シェフのジャンフランソワ・ピエージュ氏(49)は器、浸したパン、ふりかけたチーズの焼き色など伝統を演出することにこだわった。店内のプレートに刻まれたフランク・シナトラやミック・ジャガーといった著名人だけでなく、庶民に愛された典型的なパリ料理として「伝統を守り続けることは大切だ」と語る。
家庭でも作れるレシピにみえて、スープのだしは嫌みがなく繊細だ。しっかりした量だが、上品な仕上がりが印象的だ。
オニオンスープの発祥ははっきりしない。ローマ帝国時代にはすでに存在したとの見方もあれば、ルイ15世が18世紀、あり合わせの材料を使って現在のようなスープを作ったとの説もある。身近に手に入る食材だけに、どのような形であれ長い歴史を持つ料理であることは確かのようだ。
面白いのが、現代のフランスでは夜通し飲んだ後の「シメ」としてもしばしば提供されていることだ。疲れた胃にチーズは脂っこい感じもするが、日本でラーメンを最後に食べるのと似た感覚かもしれない。
(パリ支局長 白石透冴)
[日本経済新聞夕刊2019年10月3日付]
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