映画『サタンタンゴ』 さまよう死者たちの時間

現代世界映画史の伝説的傑作がついに日本公開される。ハンガリーのタル・ベーラ監督が4年かけて完成した1994年の作品だ。上映時間7時間18分。一生のうちめったにない映像体験をさせてくれる。

東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムほかで公開

冒頭、牛の群れを追う長いワンカットの移動撮影から圧倒される。どうやって撮ったのだろう。厳密な演出と自由奔放な即興的動きが溶けあったかのような映像だ。息もつがせずユニークな世界に引きこまれる。

舞台は社会主義圏崩壊前のハンガリーの農村だが、孤絶した中世のようにも、どことも知れぬ不穏なSF的異世界にも見える。

農村に預言者のような男イリミアーシュが帰ってくる。無垢(むく)な少女が猫いらずをのんで自殺する。村人たちは泥酔し、悪魔のようなタンゴを踊り狂うばかりで無関心だ。自殺した少女の遺体の前に村人たちを集め、イリミアーシュが説教する。この災厄は最後の審判の先触れだ。悔い改めて理想の荘園作りに励まねばならぬ……。イリミアーシュに率いられた村人たちは雨のなかを廃墟(はいきょ)のような荘園へと出発するが、その濃密なモノクロの画面の向かう先はまるで読めない。

もっと長い映画ならいくらもある。小林正樹『人間の條件』、リヴェット『アウト・ワン』、ファスビンダー『ベルリン・アレクサンダー広場』。だが、それらは全体が長いだけで、そこに流れるのは普通の時間だ。しかし、本作の場合は、映画に流れる時間そのものがほかと違う。先の見えない無明をさまよう死者たちの時間とでもいおうか。

雨が降りつづけ、風がふきすさぶ映画的風土も類を見ない独創的なものだ。

無垢な少女の迫害と死、来るべき聖なる王国といった主題はドストエフスキーを連想させる。だが、その物語には強烈なオチがつく。現代を覆うファシズム的傾向への予言的な警鐘というべきか。

★★★★★

(映画評論家 中条省平)

[日本経済新聞夕刊2019年9月13日付]

★★★★★ 今年有数の傑作
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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