「ジョーカー」最高賞のベネチア映画祭 人の孤独迫る
バットマンの悪役の誕生を描く「ジョーカー」が最高賞の金獅子賞を射止めた第76回ベネチア国際映画祭。人間の孤独に迫る作品が目立った。日本大学芸術学部教授の古賀太氏が報告する。
昨年、コンペにカンヌ並みに巨匠監督作品をそろえた映画祭トップのアルベルト・バルベラは、今年はあえて映画の新しさを見せる個性的な21本を集めた。
配信系受賞なし
全体として家族や歴史を考えるテーマが多く、その中で人間の孤独が際立った。アルゼンチンのルクレシア・マルテル監督率いる審査員団がノア・バームバック監督「マリッジ・ストーリー」などネットフリックス作品に賞を与えなかったのも、昨年と違った。
金獅子賞のトッド・フィリップス監督「ジョーカー」は、コミック「バットマン」で知られる悪役の誕生を描く。母親思いの優しい芸人アーサー(ホアキン・フェニックス)は偶然に銃を手にして仕事を失い、怒りが重なって人を殺す。その孤独な笑いが胸を打つ。
審査員大賞のロマン・ポランスキー監督「私は弾劾する」は、19世紀末フランスのドレフュス事件を描く。映画は無実で投獄されたドレフュスではなく、反ユダヤ主義による冤罪(えんざい)だと気がついて擁護したピカール大佐(ジャン・デュジャルダン)の抵抗が中心。軍隊という巨大組織と1人で戦う姿は現代にも通じる。
監督賞のスウェーデンのロイ・アンダーソン監督「エンドレスについて」は不条理劇のような短いエピソードが何十も続く。儀式用ワインで酔って説教をする牧師、重い木の十字架を背負って歩く男など。オチのない喜劇から現代人の空虚さが浮かび上がる。
男優賞はイタリアのピエトロ・マルチェロ監督「マーティン・エデン」主演のルカ・マリネッリ。船乗りとして生きてきた青年が、裕福な娘に出会ったことで文学に目覚め、作家を志す。清冽(せいれつ)な青春映画の傑作で、ベルナルド・ベルトルッチ監督の「革命前夜」(1964年)を思わせた。
ロベール・ゲディギャン監督「グロリア・ムンディ」のアリアンヌ・アスカリッドの女優賞は予想外。南仏の一家族の厳しい日常を描いたものだが、同監督の「キリマンジャロの雪」に比べて展開に無理があった。
大方の予想は是枝裕和監督「真実」主演のカトリーヌ・ドヌーヴだった。大女優役を演じ、娘役のジュリエット・ビノッシュとの丁々発止に会場は沸いた。地元紙コリエーレ・デラ・セーラは「日本人ではないキャスト――とりわけ偉大なドヌーヴ――を演出の理想的な味方につけた」と評価。母娘の複雑な関係をあえて軽くコメディタッチにした是枝監督の手腕が光った。
もう1本受賞を逃し残念なのがティアゴ・ゲデス監督の「領地」。1945年から91年までのポルトガル現代史を地方の地主を中心に描く、壮大な志の映画。
日本勢に高評価
日本勢の活躍は目立った。並行開催のベニスデイズでは、俳優のオダギリジョーが初監督した「ある船頭の話」で、柄本明が山奥の渡し舟の船頭を演じた。海外の仕事の多いオダギリらしい妥協のない映像美は高く評価された。彼はコンペの中国のロウ・イエ監督「サタデー・フィクション」にも出演した。
ユニジャパンなどが主催した「ジャパン・フォーカス」には蜷川実花監督を含む日本人関係者が大挙して参加したが、会見も上映も来場者はほとんど日本人。「真実」が10年以上かけて生まれたように、映画の海外進出には時間が必要なことを忘れてはならない。
[日本経済新聞夕刊2019年9月10日付]
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