若手ひきたて一点突破、大阪立て直し国内トップもキリンビール 布施孝之社長(下)

再建に奔走した大阪支社長時代の同僚と(左から2人目が布施社長)
再建に奔走した大阪支社長時代の同僚と(左から2人目が布施社長)

2008年に大阪支社長として、再建を託される。

本社勤務の後、首都圏営業企画部の部長を務めました。弊社ではいわゆる出世コースとされていました。前任者らは統括本部長に昇進していたため、当然「あわよくば自分も」との期待感はありました。ですが、蓋を開けると辞令は大阪支社長への横滑りでした。

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長年、同支社は不振続きで本社も頭を抱えており、「布施に再建を任せてみよう」ということになったようです。

赴任早々に出ばなをくじかれました。大阪支社は一定の規模があったため、転勤がなく長くとどまる社員も多く、遠く離れた本社の方針などに不平不満がたまりがちです。最初の社員面談で早速多くの不満を聞かされて疲弊しました。

営業でもワインや焼酎などで開拓しやすい飲食店ばかりを回るので、肝心のビールは次々と他社商品に切り替えられてしまっていました。支社長ながら私も現場を走り回り、昔からの得意先を失わないよう社員を説得しました。しかし、状況は改善に至らず、年末には自らの力不足を感じて社員に頭を下げました。

売り込む商品を絞って反撃にでる。

停滞を打破するきっかけを探していたとき、ちょうど「一番搾り」がリニューアルされました。そこで思いついた戦略は一点突破です。「ほかの商品は売らなくていい。リニューアルが全大阪府民に浸透するまで徹底的に営業しよう」と、支社の全社員にハッパをかけました。

当初は全員が乗り気ではなかったですが、やる気のある若手の活躍を引き立てることで次第に周囲にも戦略が浸透しました。不満を公言していた社員やスタッフも自発的に営業に加わり、販売成績はぐんぐん向上していきました。

09年は1年だけでしたが、キリンビールが国内の販売シェアでアサヒビールを上回った年になりました。大阪支社はこれに大きく貢献したとして、社内表彰の対象にまでなりました。

リーダーの務めを自覚する。

何よりうれしかったのは、その年に定年を迎えた社員が退職のあいさつで「残りの人生を自信と誇りを持って生きられる」と語ってくれたことです。

これまで苦労も多かったのですが、リーダーには社員の豊かな人生を手助けする力と責任があることを学ばせてもらいました。だからこそ、リーダーは一人ひとりが力を発揮できる正しい戦略を立てる必要があります。その思いは経営者となった今も強く胸に刻んでいます。

あのころ ビール消費量が落ち込む一方、90年代には低税率の発泡酒、2000年代には第三のビールと新たな市場が生まれた。競争は激しさを増し、新ブランドも次々立ち上がった。一方、消費者は缶酎ハイなど多様な味わいを求める傾向を強め、ヒット商品が出にくくなってきた。

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[日本経済新聞朝刊 2019年9月10日付]

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