動画配信で輝く声優 洋画やドラマ、アニメ以外も活躍
ネットフリックスなど動画配信サービスの普及で、日本の声優界がにぎわっている。地上波テレビの映画放送が減って低迷していた吹き替えの需要が高まっているのだ。
「今、海外ドラマや洋画の吹き替えの現場には大御所から中堅、若手の声優までが集結している。その熱量たるやすごい」
劇団青年座に所属し、演劇ユニット「グワィニャオン」を主宰する俳優、西村太佑はそう力を込める。10年前から本格的に声優の仕事を始め、現在、米HBO製作の大ヒットテレビドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」シリーズなどに出演中だ。
消えゆく地上波枠
国内で地上波のゴールデンタイムに映画の放送枠があった2010年ごろまで、吹き替えの収録スタジオはベテランから若手へ技術を伝承する場であり、あたかも学校のようだった。しかし、現在は映画以外も放送する日本テレビ「金曜ロードSHOW!」1枠だけ。声優の技術を磨く現場は失われていった。
潮目が変わったのは、ネットフリックスやHulu(フールー)、アマゾンプライムといった動画配信が普及し始めた5年ほど前から。ネットフリックス製作の映画や海外ドラマは多言語化重視の方針から原則、副音声では日本語吹き替えで配信する。2日に1作のペースで新作を配信する大量供給で、吹き替えの需要は一気に増えた。
声優といえばまずアニメというイメージがあるが、需要は思ったほど多くない。日本声優事業社協議会(声事協)によると、今年1月現在の声優数は4314人。フリーやボランティアで活動する人を含めればさらに増える。
一方、18年平均の1週間に放送されたアニメ番組は103本で、出演した声優は延べ1450人。人気声優は複数のレギュラーを抱えて一人で何役も演じるので、実際の出演者はこの数分の一だ。声優一本で生活できる人は約600人ともいわれる。スターになれば何万人ものファンを前にしてライブで歌うなど華やかだが、実態は厳しい世界でもある。
こうした中、テレビ放送初期からの長い歴史がある吹き替えに再び注目が集まっている。「アニメの声優を目指す若者と一緒に収録することが増えてきた。ベテランから技術を学ぶいい機会と捉えているようだ」と西村は指摘する。洋画や海外ドラマの吹き替えは、声事協と日本芸能マネージメント事業者協会に加盟するプロダクションの所属俳優が8~9割を占めている。声優を本職にする人ばかりだ。
1番組で複数の役
もっとも、新人にとって吹き替えは少々荷が重いところがある。「アニメ声」と言われるように、アニメは声色をかなり脚色して演じることも多い。一方で「吹き替えは自然な会話を重視するので、声の出し方がアニメとは違う。呼吸の仕方や間の取り方が重要で、舞台経験者が重宝される傾向がある」(西村)。
一つの番組で複数の役をこなさなければならない場合も多い。同じ画面に登場する登場人物を巧みに演じ分け、子役から老人まで10人以上掛け持ちすることも。声優として活動している劇団民芸の庄司まりは「実年齢とかけ離れた役をこなすには、演技力が求められる。多くの現場を踏むことで引き出しを増やしていくしかない」と話す。
近年、声優という職業の境界線は曖昧になってきた。現在大ヒットしている新海誠監督のアニメ映画「天気の子」の主演は男女とも新人で、脇は人気俳優の小栗旬や本田翼らが務めた。新海監督の前作「君の名は。」も人気俳優の神木隆之介と上白石萌音が主演し、16年度の「声優アワード」の主演男優賞と主演女優賞をW受賞している。
宮崎駿監督ら、プロではない声優を好む製作者もいる。本職ではない俳優、タレントが起用される作品が増え、存在感を増しているのは確かだ。
そんな中、洋画や海外ドラマは、本職の声優が培ってきた実力を存分に発揮できる主戦場といえる。「吹き替え専門を目指す声優志望者が出てきてもいいのでは」と西村は期待を寄せる。
(近藤佳宜)
[日本経済新聞夕刊2019年9月3日付]
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