世界地図から見える世界情勢 新たな地図手に入れよう
池上彰の大岡山通信 若者たちへ
私はこれまで取材などで世界84カ国・地域を歩いてきました。現地でしか手に入らない世界地図を買うのが趣味の一つです。土地が変われば描かれる内容も変わります。今回は、私が手に入れた世界地図から見える国際情勢について考えます。
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まず基本編です。大半の若者が日本列島が真ん中に描かれた世界地図を使ってきたのではないでしょうか。でも、このタイプの地図に慣れてしまうと、かつて「東西冷戦」と呼ばれていた時代を理解しにくいでしょう。
これは英国が中心の世界地図を基準にしているためです。おおまかにいうと、地図の東側には旧ソ連など社会主義陣営の国々が、西側には米国など資本主義陣営に属した国々がありました。
ただし、これらの地図では日本は東の端に描かれています。いわゆる極東です。英国と極東との間には中東があります。世界の中心をどこに置くかによって、捉え方や呼び方が決まるのです。
「核合意」をめぐって米国との緊張が高まるイランの世界地図には、ある国が描かれていませんでした。それはイスラエルです。背景にはイスラエルと中東、アラブ諸国との対立があります。かつてのイラン大統領は「イスラエルを地図上から抹殺しなければならない」と演説しました。地図から抹殺とはどういうことか。決して冗談には聞こえませんでした。
日本が「日本海」と記している海の名称について、韓国は「東海」と表記するように世界に働きかけています。地図に両方の名称を併記する考え方も含めて、関係者の主張が続いています。
ただし韓国から見れば「東海」は東側ですが、韓国に向かう航空機や船舶の位置によっては西側にあるかもしれません。また、中国は東シナ海を「東海」と呼びます。どこまで「東海」と記せばよいでしょう。地図の名称は様々な事情を考慮する必要があるのです。
続いて中級編です。2つの国が互いに領有権を主張している島があったら、その島を何色で描けばよいでしょうか。
過去に武力衝突に発展した事例があります。アルゼンチンがマルビナス諸島と呼び、英国がフォークランド諸島と呼ぶ島々をめぐる対立です。
ヒントは「地図の4色問題」にあります。これは4色あれば、地図上の国々や地域を隣と別の色で塗り分けることができるといわれる理論です。
両国の対立に配慮したものかどうかは不明ですが、カンボジアの世界地図では英国とアルゼンチンが同じ色でした。それぞれ領有権を主張する島も同じ色です。まさに大人の判断でしょうか。
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最後に上級編です。人工衛星から写した地球を基に描くとどんな世界地図ができるでしょう。そこには森林や平原、砂漠、そして海が広がっています。緑や青が美しいです。国家や言語、宗教の違いに関係なく、地球という大きな船に「人類」が乗っていることを思い起こさせてくれます。
世界地図は国際情勢を知る貴重な情報源です。最新の地図は皆さんで確かめてほしいのですが、一つの世界地図だけでは気づかないことがあります。ときには地図の南北を逆転すると、習ってきた世界と違う姿が見えます。固定観念に縛られないことが大切です。ぜひ、好奇心が旺盛で感受性が豊かな若いときに、世界を歩いて多くの発見をしてほしいと思います。
[日本経済新聞朝刊2019年9月2日付]
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