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米ブルーノート80年 ジャズの進化担った情熱と誇り

2019/8/27付 日本経済新聞 夕刊

映画「ブルーノート・レコード」の一場面。ハービー・ハンコック(右)とロバート・グラスパーがブルーノートのスタジオで世代を超えて共演した(C)MIRA FILM

モダンジャズの象徴ともいえる米国のブルーノート・レコードが創設80周年を迎えた。記念のドキュメンタリー映画が9月に公開予定で、関連作品も相次いで発表されている。

21世紀に世界の歌姫ノラ・ジョーンズ、新世代ジャズの旗頭ロバート・グラスパーらを輩出したブルーノートは、現在一大音楽グループを形成する。創設者は熱心なスイングジャズファンだった1人のドイツ人、アルフレッド・ライオン(1908~87年)だ。

■数々の名演誕生

映画「ブルーノート・レコード」は9月6日公開。米国に渡り、貿易業の傍らレコード会社を興したライオンの信念と情熱にスポットを当てる。「アーティストを理解しないとね。何かを本当に引き出すなら」という言葉通り、ミュージシャンをとことん尊重。スタジオで昼夜問わず続く録音に付き合い、新人の先鋭的な表現を全力で支援する。

マイルス・デイビス「枯葉」、バド・パウエル「クレオパトラの夢」、ソニー・クラーク「クール・ストラッティン」……。今も聴き継がれる多くの名演がブルーノートから誕生した。録音やジャケットデザインにも費用を惜しまない。同じ名門のプレスティッジレコードが金払いが渋かったのに対し、ライオンはリハーサルまで報酬を払い、ミュージシャンを驚かせた。

6月、東京・渋谷のトークショーで日米の大物プロデューサーがその功績を語り合った。スピッツなどを手がけた亀田誠治は「他と違うのは、音楽ファーストであること。もうかりまっか? みたいなものが全くなく、やりたい音楽をやれと、何回も何回もチャンスを与えた」と称賛。ローリング・ストーンズなどを手掛け、12年にブルーノートの社長に就いたドン・ウォズは「アルフレッドはアーティストに音楽の自由を与え、完成度を徹底的に上げた。このこだわりがジャズの進化をつなぎ、今も受け継がれている」と説いた。

■既存の枠超える

アンドリュー・ヒルらブルーノートのミュージシャンを聴き込んできた山中千尋

現代のミュージシャンにとってもブルーノートは聖典の一つ。ピアニストの山中千尋はミシェル・ペトルチアーニやウッディ・ショウら、ブルーノートの歴史を彩ってきたミュージシャンの曲を収めたアルバム「プリマ・デル・トラモント」を発表した。山中は「ジャズに何が起こっているのか、ブルーノートは広く深く記録してきた」と時代をリードしてきた先見性を指摘する。

現在の2大スター、ノラとグラスパーは既存のジャズの枠からはみ出す存在。山中は「『これがジャズか』と思う人がいるかもしれない。でもソニー・ロリンズは『音楽的な観念にとらわれず、自由に表現する誇りと使命を持って演奏すれば、それがジャズなんだ』と言っていた」と話す。

80年間ずっと順風だったわけではない。66年にライオンが事業を大手のリバティーに売却して一線を退くと、先進的な音楽性や独自の美意識は失われ、79年にいったん活動を停止する。

米本国の活動が低迷していた80年代には、日本のレコード会社やファンらがブルーノートのブランドを支えた面もある。山梨県の山中湖畔でマウント・フジ・ジャズ・フェスティバルが始まり、ブルーノートゆかりのミュージシャンが多数出演。ライオンは最初で最後の来日を果たし、大観衆に感激していた。

当時、日本のレコード会社で辣腕を振るった行方均は現在、音楽評論家として活動する。「ジョン・コルトレーンもマイルスも『俺の音楽をジャズと呼ぶな』と言っていた。『ジャズを超えて』を受け継ぐ精神で、ブルーノートはそのオリジナリティーを証明するレーベルであり続けてほしい」

=敬称略

(諸岡良宣)

[日本経済新聞夕刊2019年8月27日付]

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