映画『火口のふたり』 愛し合う男女、終末の予感
野心作である。ほぼ全編を男女2人の対話で構成。舞台はありふれた地方都市で、何かが起こるわけではない(実は画面の外では大変なことが起こりつつあるのだが)。2人はひたすら体を重ね、愛し合う。白石一文の原作小説を、荒井晴彦が脚本化し、監督した。
いとこで元恋人の直子(瀧内公美)の結婚式に出席するため、賢治(柄本佑)が秋田に帰省した。早朝、いきなり現れた直子は、賢治に車を運転させ、テレビを買い、新居に運ばせる。
直子は片付けた荷物から1冊の黒いアルバムを取り出し、賢治に見せる。そこには恋人時代の2人が愛し合う、あられもない姿が写っていた。直子の誘いに応じ、新居の真新しいベッドで激しく抱き合う2人。
翌日、今度は賢治が直子を求める。出張中の婚約者が戻るまでの5日間だけと約束した2人は、時を惜しんで情を交わす。たわいない会話、食事、そしてセックス。柄本のなにげない視線に不思議な色気がある。
高速バスの座席でも愛し合いながら、2人は「亡者踊り」とも呼ばれる西馬音内の盆踊りに出かける。そこで最後の夜を過ごす。
朝、1人になった賢治に父から電話が入る。自衛官である直子の婚約者に急に任務ができ、結婚式が延期になるという。任務とは何か? 賢治は直子から衝撃の事実を聞かされる。
どうせ終わってしまう。それならば「身体の言い分」に正直になろう。5日間限定だから火がついた2人の性愛の日々は、より大きな終末の予感によって、さらに燃え上がる……。
片隅に生きる男女の性愛という小さな物語が、この国の崩壊への足音がもたらすアナーキーな状況という大きな物語に連なる。2人の心情が切実に思えるのは、それが純粋な生の営みに根ざすからであり、そこに底が抜けた現代日本の空気が反映しているからだろう。1時間55分。
★★★★
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2019年8月23日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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