白身ふっくら潮香る 伝統息づく、鞆の浦の鯛めし
瀬戸内海屈指の景勝地、鞆の浦(広島県福山市)。かつて潮待ち港として栄え、約380年前から伝わる「鯛(たい)網」と呼ばれる漁法が健在なこの地では、今も新鮮な鯛めしが味わえる。鯛めしといえば対岸の愛媛県が有名だが、地元には「鞆の鯛めしは愛媛のものに勝るとも劣らない」との自負も強い。
江戸時代、朝鮮通信使が「日東第一形勝(朝鮮より東で最も美しい景勝地)」と評した仙酔島の眺めを堪能できる料理店、千とせ。ふっくらした白身と潮の香りが詰まった鯛めしが楽しめる鯛づくし会席や鯛のお頭入りの鯛そうめんが好評だ。店主の妹尾陽一郎さん(60)は「祖父の代から受け継いだシンプルな味付けを守っている」と話す。
鯛づくし会席の造りは肉厚でぷりぷり、天ぷらは衣がサクサクだ。かぶと煮は甘辛い身が柔らかく、味もしみている。アラが入った吸い物はあっさりダシが効いていた。
アニメ「崖の上のポニョ」の創作のために鞆に滞在した宮崎駿監督が内外装のデザインを手がけた御舟宿いろは。坂本龍馬が「いろは丸事件」で紀州藩と談判した場所としても知られ、ランチ時に訪れる人も多い。人気のいろは御膳は鯛漬けがメーンだ。鯛を酒や昆布、塩などに3日以上漬け込み、しっかり熟成させる。酒をふんだんに使うことで濃厚なうまみが生まれる。
これを広島県産のご飯と一緒に頂く。まずワサビじょうゆで。次は鯛茶漬けにして。卓上コンロで供されるだし汁はカツオと昆布を使い、湯気にも繊細なうまさが香る。小鉢にはゴマあえのたたきゴボウや高野豆腐など。みな素材を生かした上品な味付けだ。
福山市には、江戸時代の倹約令でぜいたく品とされた様々な食材をご飯の下に隠して食べた「うずみ」という郷土料理がある。この鯛めし版を頂けるのが和食店の衣笠だ。タレに漬けた鯛の切り身をご飯にうずめ、とろろをかけて供される。最初はそのまま。次にだしをかけて。最後にネギや刻みノリなどとともに、と3度の味が楽しめる。
大阪で修業して実家に戻った衣笠善人さん(44)は「もともとは祖父が始めた鮮魚店が出発点。今は料理屋を父と私が、魚屋を弟が切り盛りしている」。新鮮な魚が売り物で「素材を大切にした調理を心がけている」という。
冬に外洋で育った鯛は、初夏に産卵のため鞆の浦周辺に集まってくる。これを狙ったのが鯛網だ。司令役の指揮船、魚を運ぶ生船、網を上げ下ろしする網船2隻、網船の錨(いかり)となる錨船2隻の計6隻が協力し合う。まず指揮船の合図で、網船が長さ1500メートル幅100メートルの網を広げる。網船は左右から大きく円を描くように走行。次第に距離を縮めて網を絞ると、鯛が網の中に追い込まれる。「えっと、えっとー、よーいやさんじゃ」の掛け声と共に網を引き揚げる漁師たちの息の合った連携が見事だ。
(福山支局長 増渕稔)
[日本経済新聞夕刊2019年8月22日付]
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