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がん治療、見た目もケア 頭髪・顔色…おしゃれに工夫 前向きな社会復帰を支援

2019/8/19付 日本経済新聞 朝刊

医療機関で、積極的にがん患者の治療の副作用で起こる見た目の変化をケアする取り組みが広がっている。がん研究会有明病院(東京・江東)ではがんのトータルケア部門を新設し、患者を支援する仕組みを整えた。国立がん研究センター中央病院(東京・中央)でも医療者が主体となって見た目の相談に乗る。病院が患者を心理面からも支援し、治療や社会復帰への前向きな取り組みを後押しする狙いだ。

有明病院では窓口でトータルケアに関する相談ができる=同病院提供

6月、有明病院の正面入り口から少し進んだ1階の中央に「トータルケアコンシェルジュ」という看板がお目見えした。窓口には同病院の看護師長も務めたコンシェルジュの東江朝子さんが立ち、相談に応じている。気楽に話しかけやすいように、あえて椅子は置かない。立ち寄る患者や家族は1日に80~90人ほどいるという。

新設した窓口ではあらゆる種類のがん患者や家族を対象に、治療に伴う見た目の変化や職場への復帰など様々な困りごとの相談を一括に受ける。内容に応じて、トータルケア部門内の適切なサービスや受け皿などを紹介する。予約不要で、患者が欲しいタイミングで情報や支援を提供できる。

これまでも部署ごとに相談に乗ることはあった。だが「(点在していた機能を)1つに統合し、病院全体で取り組むことで医療者の意識も変わり、多くの患者に支援が届きやすくなってきた」とトータルケア部門の設置を推進した大野真司副院長は狙いを話す。

男女を問わず、がん治療で患者の多くが気にするものの一つは見た目の変化。ボランティアグループ「帽子クラブ」は、窓口から紹介を受けた患者などの脱毛や顔色の変化などの相談に乗る。眉のカットや化粧の手伝いのほか、プロの講師によるメークの講習会や安全な化粧品の紹介、帽子の販売などを主に週2回実施している。化粧をしたり、似合う帽子を見つけたりすることで、患者の気持ちは変化する。ある患者は「メークして久しぶりに心がおどった」と感謝の声を寄せた。

帽子クラブを立ち上げた婦人科の宇津木久仁子検診部長は「毎日患者を診ている医師だからこそ、患者の必要なものが分かる」と病院で見た目ケアをすることの必要性を指摘する。

国立がん研究センター中央病院の「アピアランス支援センター」では前髪をつけた帽子なども紹介している

先行して取り組んでいるのは国立がん研究センター中央病院だ。同病院1階にも医師や看護師らが患者の相談に乗る「アピアランス支援センター」がある。がん治療で起きる全ての外見変化が対象で、ウィッグや化粧品、人工乳房など様々な支援アイテムを試せる。

外見のケアが、患者の治療に取り組む姿勢を前向きにする事例も出てきている。18年9月に乳がんの手術をし、抗がん剤治療を受けた青山咲菜さん(仮名、54)は、治療前に同センターで試した金髪ショートヘアのウィッグを気に入り、すぐに購入を決めた。「ウィッグをかぶるのも楽しみだな」と思え、目の前が明るくなったという。治療にも積極的に立ち向かえた。「あのウィッグと出合っていなければ、女性としての自信を失って、外に出られず引きこもっていたかもしれない」と話す。

当初は、抗がん剤の副作用に備えるための地味なウィッグを探していた。だが、野沢桂子センター長から「形から患者になる必要ない」と助言を受けて気持ちが楽になったという。

同センターには約80個のウィッグが展示されている。人毛の医療用ウィッグのほか、おしゃれ用の金髪や赤髪のウィッグも並ぶ。帽子に付け毛をあわせて髪があるように見せる工夫なども医師などが紹介する。

同センターは、月曜日から木曜日の正午から午後1時まで見学できるほか、週に2回、外見の変化に関する説明会も実施している。説明会に参加した人は、参加しない人よりも不安がなくなったという研究結果も出てきている。「見た目をケアすることで患者は前向きになってQOL(生活の質)が上がることが分かってきた。治療意欲も向上させられる」と野沢センター長は手応えを感じている。

取り組みを広げるために、全国のがん診療連携拠点病院の医療者向けに研修会を毎年開催している。またより多くの医療従事者に情報を提供するために、年度内にもアピアランスケアのeラーニング教材を完成させる予定だ。

野沢センター長が18年にがん患者やがん経験者の男女1034人を対象に行ったインターネット調査では、58%が手術の傷や脱毛など外見の変化を経験したと回答。外見変化があった人のうち、5割は周りの人から「かわいそう」だと思われたくなかったと答えた。外見の変化が与える心理面の負担は小さくない。

がん治療において、病院で治療と同様に外見のケアも同時に進める動きが新たな標準になるかもしれない。

◇  ◇  ◇

■官民の後押し広がる

がん治療の技術の向上に伴い、働きながら治療をしたり、治療後に社会復帰したりする人が増加している。副作用などによる患者の外見の変化に対しても、医療者や関係者が積極的に支援することが求められている。

18年に政府が策定した第3期「がん対策推進基本計画」では、がん患者のQOL向上のために、医療従事者を対象としたアピアランス支援研修の開催を推進していく方針を示した。他に治療前に生殖機能の温存などを選択できるように、相談支援の仕組みや情報提供のあり方を検討していくことなども盛り込まれた。

具体的な動きも始まっている。地方自治体で経済面での支援策を進める動きも広がり始めた。すでに7県と80以上の市区町村が治療の際のウィッグの助成金制度を設けている。警察庁は18年6月に、運転免許の写真撮影時に、がん治療に伴う医療用の帽子の使用許可を認める通達を出した。

民間企業では、18年4月からはアフラック生命保険が保険商品としてウィッグを対象にした。

(中島沙由香)

[日本経済新聞朝刊2019年8月19日付]

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