AI・カッコよさ・老い… 小説家の思考を新書で探求
小説家が現代社会を見据えた新書が相次ぎ刊行されている。カッコよさ、老い、人工知能(AI)と、いま注目のテーマに関して、独自の考え方を率直につづっている。
「『カッコいい』という概念は、20世紀後半から現代にいたるまで人やお金を動かしてきた。それを真正面から論じた本はこれまでなかったように思うので、自分で書きたくなった」
気軽に読める形
7月に「『カッコいい』とは何か」(講談社現代新書)を出した小説家の平野啓一郎氏はそう話す。1999年、23歳のときに「日蝕(にっしょく)」で芥川賞を受賞、「ある男」(読売文学賞)などの小説でも知られる。
新刊では古今東西の音楽、文学、ファッションなどを参照。「しびれる」ような生理的興奮によって、持ちたい、まねしたいと感じさせる対象を「カッコいい」と表現するようになったと分析する。「自らの感覚で価値を判断する"体感主義"の広まりによって、新たな文化が生まれた」と平野氏はみる。
平野氏は2012年刊行の新書「私とは何か」で、一人の人間は複数人格のネットワークであるという「分人主義」を打ち出した。「自分にとって最も書きたいものを追求する場は小説だが、新書は読者にとってアクセスしやすい本の形だと思う。気軽に手にとってもらいたい」と話す。
「群棲(ぐんせい)」(谷崎潤一郎賞)、「一日 夢の柵」(野間文芸賞)などの小説で知られる黒井千次氏は6月に「老いのゆくえ」(中公新書)を出版した。新聞連載を書籍化したもので「老いのかたち」「老いの味わい」に続く3冊目となる。
「あなたの小説に出てくる高齢者はこれまでの老人像とは違うような気がする」と新聞社の担当者に指摘されたのが連載のきっかけ。「05年、73歳になる年から書き始めたときは、存命だった父のことを中心に書いていたが、次第に我がこととして老いを描くようになった」と黒井氏。
ショッピングカートに洗濯物を載せて運んでいたら転んだ。運転免許を返上したら身軽になったが寂しさを感じた……。「恥ずかしいことでも率直に書こうと心がけた。それは小説を書くうちに身につけたものかもしれませんね」と自己分析する。
黒井氏は1982年の刊行以来、発行部数20万部に達する「働くということ」というロングセラーの新書も持つ。15年の会社員生活を振り返り、働く意味を考えた本だ。2月には池田邦彦氏によってマンガ化された。黒井氏は「新書の命は長い」と感じている。
2001年刊行の小説「世界の中心で、愛をさけぶ」が300万部を超える大ベストセラーとなった片山恭一氏は、7月に「世界の中心でAIをさけぶ」(新潮新書)を出した。デジタルテクノロジーの先進地である米国西海岸を旅しながら、AIが人知を超えるとされるシンギュラリティ(技術的特異点)の時代に、人類が生きる意味を考えたエッセーだ。
思い切り書ける
「シンギュラリティが訪れるとしたら、気付かないうちにそうなるだろう。膨大なデータから生まれたアルゴリズム(手順)が優先され、人間はそれに従わざるをえない。新しい宗教のようなもの」と片山氏。
「これからは他者を思う情動が大切になるように思う。タイトルは編集者が付けたもので、当初は戸惑いもあったが、人と人の関係を描こうとしているところは小説と変わらないと気付いた」とも話す。
新書の著者には学者や研究者らも目立つが「小説家は専門性をもたない分、思い切って書ける」と片山氏。13年には林真理子氏が自らの人生を振り返った新書「野心のすすめ」がヒットした。考え方が明快でストレートに伝わってくる点が、小説家ならではの魅力なのかもしれない。
(編集委員 中野稔)
[日本経済新聞夕刊2019年8月13日付]
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