母乳にアレルギー予防効果なし 授乳の選択肢に幅国がガイド改定

2019/8/12付

厚生労働省は3月、12年ぶりに「授乳・離乳の支援ガイド」を改定した。旧版では「母乳にはアレルギーの予防効果がある」という説を取り上げ、母乳のみで育てる母親が5割を超える背景にもなった。今回の改定では「予防効果がない」と明記したのが特徴だ。熊本地震をきっかけに液体ミルクの国内製造も可能になり、授乳の選択肢は広がっている。

6カ月間の母乳栄養は、小児期のアレルギー疾患の発症に対する予防効果はない――。厚労省が3月に改定した「授乳・離乳の支援ガイド」では、複数の研究を踏まえ、母乳によって子どものアレルギーを予防する効果はないと初めて結論付けた。

2007年にまとめた旧版では、同じ内容を紹介した後に、生後6カ月までの栄養法を「完全母乳」とした小児は「湿疹やぜんそくなどのアレルギー疾患の発症予防効果が5歳になるまで継続的に認められた」とする研究を併記していた。

その影響は厚労省が15年度に実施した「乳幼児栄養調査」でじわりと出ていた。生後1カ月と、同3カ月の子どもを母乳だけで育てる保護者はいずれも5割を超えた。1985年度から10年ごとに実施している調査で、5割を超えたのは初めてだった。

調査結果をまとめた厚労省は「母乳育児を推奨するガイドを作成するなど、普及啓発に努めたことが寄与したのではないか」と指摘していた。

母乳を巡る出産後の女性の悩みは深い。

厚労省が授乳について困ったことを尋ねると、「母乳が足りているかどうか分からない」が40.7%で最も多い。「母乳が不足気味」も20.4%に上り、母乳で育児しようとする女性には多くの不安がつきまとっている。

今回のガイド改定に関する研究会のメンバーで、東京都立小児総合医療センターアレルギー科の成田雅美医長は「完全母乳と、ミルクと母乳を併用した混合栄養でアレルギー予防効果に差があるという研究結果に明確な根拠はなかった」と説明する。母乳の代わりに粉ミルクで育てたとしても、アレルギーのリスクが高まる可能性を心配する必要はないという。

なぜ前回のガイドでは、「効果がある」という研究と両論併記となったのか。成田医長は「旧ガイドでは様々な研究結果を羅列しているだけだった。今回のガイドでは、研究結果を総合的に分析した結果、母乳にアレルギー効果が『ある』とは言えないという結論に至った」と説明する。

改定に加え、昨年8月に厚労省が省令を改正し、国内で乳幼児用の液体ミルクの製造を解禁したことも授乳の選択肢を広げた。

6月に生まれた次女に外出先で液体ミルクを与える末永恵理さん(7月下旬、東京都内)=末永さん提供

横浜市の主婦、末永恵理さん(40)は14年に出産した第1子となる長女に母乳と粉ミルクを併用して与えていたが、夜中に粉ミルクを使うことは大きな負担だった。「哺乳瓶を消毒する熱湯を用意する」「粉を溶かしてから常温に冷ます」など、いくつもの手順が必要だからだ。

一方、液体ミルクは開封して常温のまま消毒した哺乳瓶へ入れるだけで済む。だが当時、国内では乳幼児用として液体ミルクの製造や保存に関する食品衛生法上の規格基準が整備されておらず、商品化されていなかった。

「液体ミルクがあれば子育ての負担をきっと減らせるのに……」。海外で活用されていることを出産前から知っていた末永さんはネット上で改正を求める署名活動を展開、約4万2千筆の署名を集めた。

16年の熊本地震では海外から支援物資として届いた液体ミルクが保育所などに配布され、「いざという際に役立つ」と要望が高まり、厚労省は18年8月に改正省令を施行、液体ミルクの国内製造が解禁となった。

今年6月に次女を出産した末永さんは現在、外出時や夜間には液体ミルクを使うようになった。末永さんは「外出先ではお湯を持ち運ぶ必要がなくなり荷物が減った。母乳を与えられない場所でも簡単に授乳ができる」と喜ぶ。

液体ミルクは粉ミルクより価格が高めだ。4カ月の男児を育てている東京都台東区の主婦(27)は「日常的に使うにはなかなか難しい」という。ただ「常温で保存できる液体ミルクは便利そう。一度使ってみてもよいかもと夫と話している」と期待している。

都立小児総合医療センターの成田医長は「母乳が出ずに悩んでいる母親もいる。育児用ミルクの活用に罪悪感などを持つ必要はなく、様々な選択肢があるんだということを知ってもらいたい」と話している。

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「母乳育児の環境整備を」

母乳による子どものアレルギーの予防効果はないとされたが、都立小児総合医療センターの成田雅美医長は「栄養面などを考えた場合、母乳による育児が最良の選択肢であることは大前提」と強調する。

厚生労働省の「授乳・離乳の支援ガイド」でも、母乳育児の利点として、(1)乳児に最適な成分で代謝の負担が少ない(2)感染症の発症や重症度の低下(3)肥満や2型糖尿病の発症リスクの低下――の3点を挙げる。

日本赤十字社医療センター産婦人科の笠井靖代医師によると、肥満が社会問題化している米国でも改めて母乳育児の大切さが見直されている。

一方、日本では授乳室の整備が遅れているなど、公共の場で母乳を与える環境が整っているとは言いがたい状況だ。出産後も産休を取っても早期復職せざるをえないを母親は「完全母乳」を維持することが難しいケースも多い。

笠井医師は「日本では完全母乳を継続するハードルが非常に高い」と実感している。そのうえで「『母乳でなければならない』と母親が精神的負担を感じないようにするとともに、できるだけ母乳で育てられるように、社会全体が寛容になる必要がある」と指摘している。

(玉岡宏隆)

[日本経済新聞朝刊2019年8月12日付]

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