映画『ピータールー』 恐怖心が押し潰す良心
1819年、英国マンチェスターの聖ピーターズ広場で開かれた約6万人の市民集会に軍隊が突入し、多数の死傷者が出た「ピータールーの虐殺」。この民衆弾圧事件を「秘密と嘘」のマイク・リー監督が描く。
市井の人々のリアルな感情を群像劇の形で描いてきたリーが史劇に挑む。水と油に思えるが、これが面白い。弾圧事件を政治的背景で読み解くのでなく、民衆側も弾圧側も含めて事件に関わった一人ひとりに焦点をあて、何を感じ、どう動いたかを緻密に描くのだ。
ナポレオン戦争の激戦地ウォータールーで砲弾の下を右往左往する兵士の姿から始まる。英国議会は勝利に沸くが、兵士が帰り着いた北部の都市マンチェスターは貧困にあえいでいた。
賃金が下がり、パンは値上がり、仕事はない。裁判所は貧者に過酷だ。新聞社に集まる活動家たちは労働者の選挙権を要求する。
北部の治安判事たちは危機感を募らせる。集会を監視し、急進派を逮捕。暴動を恐れる内相は北部に軍隊を派遣する一方で、治安判事たちに自制を求めた。
活動家たちは著名な弁士ヘンリー・ハントを招いての大集会を企画する。手紙の検閲で情報を知った内相は軍隊増強を指示。工場主たちは義勇軍を組織する。
経験豊富なハントは平和的な集会を望み、一部の活動家の武装提案を拒絶。市民たちは丸腰で、女性や子供も晴れ着で参加した。そして演説が始まる……。
活動家たちも治安判事たちも一様でない。おのおのに良心があり、野心があり、嫉妬があり、恐怖がある。あおられた恐怖心が良心を押し潰し、悲劇が起こる。犠牲になるのは民衆だ。
市民を守るべき軍や警察が市民に銃を向ける事例は今も世界で後を絶たない。何が引き金を引かせるのか。なぜ分断と恐怖による支配が続くのか。リーの問いは19世紀から21世紀を射抜く。2時間35分。
★★★★
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2019年8月9日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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