映画『世界の涯ての鼓動』愛、風景、思索…監督の成熟
前作『アランフエスの麗しき日々』で内省的な室内での対話劇を描きだしたヴィム・ヴェンダース監督だが、本作では一転して、海洋を中心に置いた冒険映画を作りあげた。
主人公ジェームズ(ジェームズ・マカヴォイ)は英国秘密情報部の諜報(ちょうほう)員。アフリカの南ソマリアで進行中の爆弾テロ計画を阻止するため、水道事業の指導員という偽装で現地に潜入しようとする。
一方、ヒロインのダニー(アリシア・ヴィキャンデル)は海洋生物学者で、深海で生命が誕生したことを証明するため、アイスランド沖で探査艇に乗りこみ、超深海層に潜る任務に就こうとしている。
ともに命を賭けた仕事に出ようとする直前、ジェームズとダニーはノルマンディの海岸のホテルで出会い、恋に落ちる。しかし、数日後、ふたりはそれぞれの任務のために、別れて出発するほかなかった。
ジェームズはソマリアでイスラム戦士に捕まり、激しく責められ、改宗を強要されるが拒否し、危険な海辺の奥地へと連行される。
ダニーは深海で重要な発見をした途端、探査艇の操縦不能に見舞われる……。
ふたつの危地をカットバックでつなぐ正攻法のドラマ作りである。そのうえ、ヴェンダースには珍しく、男女の思いを正面から描く切ないラブストーリーにもなっている。
また、『アランフエスの麗しき日々』で繊細な名人芸を披露した撮影監督ブノワ・デビエが、ノルマンディの奇勝というべき海辺をはじめ、地球各所の美しく厳しい風景をみごとな画面に収めている。
そして、こうした〈水〉の多様な表情のなかに、行きづまった地球の活路を見出(みいだ)すという思索的なテーマも浮かびあがってくる。かつてのケレン味は影をひそめ、監督の成熟と老練を感じさせる秀作である。1時間52分。
★★★★
(映画評論家 中条省平)
[日本経済新聞夕刊2019年8月2日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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