栗本薫と中島梓 没後10年で迫る創造力と苦悩の物語

自宅兼仕事場でパソコンに向かい原稿を書く栗本(2004年)
自宅兼仕事場でパソコンに向かい原稿を書く栗本(2004年)

2つの筆名を持ち、多彩な小説・評論を書き続けた栗本薫/中島梓。没後10年の今年、評伝や思い出をつづったエッセーが刊行され、旺盛な創造力とその裏の苦悩が明かされた。

栗本は1953年東京都葛飾区生まれ。SF、ミステリー、時代小説、耽美(たんび)小説、評論など幅広いジャンルで活躍し、テレビのクイズ番組でもおなじみだった。1979年に刊行が始まったヒロイックファンタジー(英雄冒険譚(たん))「グイン・サーガ」(ハヤカワ文庫)は正編だけで130巻ある未完の大作である。

夫で編集者の今岡清氏らの監修で、作家2人による続編が刊行中だ。5月には五代ゆう氏が書いた第145巻「水晶宮の影」が発売された。

家庭内で疎外感

「95年、大学1年のときに『グイン・サーガ』を読み始め、尋常ではないエネルギーに圧倒された。一方で近年、今岡さんがムック『グイン・サーガ・ワールド』に連載したエッセーを読み、複雑な悩みを抱えていたらしいと知り、生涯を紹介するノンフィクションを書いてみたいと思った」

没後10年の今年、ゆかりの本が相次ぎ刊行されている

5月に評伝「栗本薫と中島梓」(早川書房)を出版したフリージャーナリストの里中高志氏はそう話す。「様々な関係者の証言を集める」ことを重視したという。

興味深いのは学生時代。跡見学園中学・高校からの友人は里中氏の取材に対し当時の栗本が「部屋で頭から布団をかぶりながら『馬鹿(ばか)ヤロ馬鹿ヤロ』と罵っていた」という話を本人から聞いたと明かしている。

恵まれた家庭に育ったが、自分に注がれる愛情を障害を持つ弟に対するものと比べてしまう。それが疎外感の一因だったのではないか、との見方を里中氏は示す。「エネルギーのはけ口となったのが物語の世界だったのだろう」

里中高志さん

早稲田大学を卒業後、77年に中島名義の「文学の輪郭」で群像新人文学賞(評論部門)。翌年、栗本名義のミステリー「ぼくらの時代」で江戸川乱歩賞を受け、本格的に執筆を始める。

「文学以外に音楽、演劇など何でもできた。人をもてなしたいとの気持ちが強い一方で、人嫌いなところも。両極端な側面を持っていただけに、バランスがとれなくて苦しんだのだろう」と里中氏。

今岡清さん

今岡氏が妻の思い出をつづったエッセー「世界でいちばん不幸で、いちばん幸福な少女」(早川書房)も4月に出た。タイトルには「作家としての力量に恵まれていた点は幸せだった。しかし、人気が出てからは常に居場所を探し続け、生きづらそうだった」という思いを込めた。

不眠症の傾向があり、体も凝りやすく、体の不調を訴えることが多かったという。夜になると就眠儀式として今岡氏が創作話を聞かせ、朝は話をしながらマッサージをしたエピソードなどを紹介する。

電子書籍と好相性

「グイン・サーガ」、ミステリー「伊集院大介」シリーズ、伝奇SF「魔界水滸伝」などで知られたが、79年には男性同士の恋愛を描いた「真夜中の天使」を出版。現在人気の「ボーイズラブ」小説の先駆けとしての評価もある。「書き上げたときは『私は頭がおかしいのかもしれない』と語り、親友と私の2人にしか原稿を見せなかった。隔世の感がある」と今岡氏。

小学館は2017年から400点を超える著作の多くを収めた「栗本薫・中島梓傑作電子全集」を配信中。「栗本さんは早くからパソコン通信に取り組んでいたので、電子書籍と相性が良いと思った。当社の電子全集の中でも売り上げは上位」と担当する出版局デジタル出版企画室長の西坂正樹氏は話す。

今岡氏が葛飾区立図書館に寄贈した直筆原稿などを調べ、未発表作を発掘した。「ぼくらの時代」に続くシリーズ第2作「ぼくらの事情」は3巻に、私小説「ラザロの旅」は9巻に収めた。大正時代が舞台の「天の陽炎(かげろう)」は著者の手違いで約6800字が欠落していたことがわかり「完全版」を19巻に収録した。

現在26巻まで配信中。11月予定の30巻「脚本集」で完結する。

(編集委員 中野稔)

[日本経済新聞夕刊2019年7月29日付]

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