山の幸にユズの清涼感 高知の田舎寿司、夏あでやかに
山菜や野菜を上手に使い彩りよく詰め合わせた高知の田舎寿司(ずし)。酢飯にユズ果汁をまぶし清涼感にあふれた色目美しい逸品は、暑さで食欲が落ちる今の季節にぴったりの郷土料理だ。
高知市のホテル「ザ クラウンパレス新阪急高知」の日本料理店、七福。調理長の豊田哲也さん(46)に宴会用の田舎寿司を作ってもらった。具材はミョウガ、タケノコ、ピーマン、コンニャクなど8種類で赤、薄黄色、緑と見た目鮮やか。「野菜だからヘルシー。それぞれの宗教観で肉食に制限のある外国人観光客にも喜ばれる」と豊田さん。
「高知では海、川、山の幸、何でも寿司にする」と話すのはRKC調理製菓専門学校顧問の三谷英子さん(71)。田舎寿司は大正から昭和の初めにかけて山間部の全域に広まった。高知は「おきゃく」(宴会)文化。祝い事や祭りといったハレの日に供するのは寿司がメインの「皿鉢(さわち)」だ。魚の取れない地域の知恵といえる。
三谷さんと老舗寿司店、寿し柳(高知市)に行き、改めて賞味。田舎寿司はしょうゆをつけない。ミョウガのしゃきしゃきとした食感、甘辛いコンニャク……。食が進む。特にナスの漬物の濃い青色が美しい。口に運ぶと漬物の塩加減がちょうどいい。鼻に抜ける食後感がさわやかだ。
爽快感の秘密は酢飯にありそうだ。「酢飯に高知特産のユズ果汁を入れるのが肝」と寿し柳を経営する浜口幸作さん(71)は解説する。かんきつの香りが清涼な味わいをもたらしている。とはいえ酢飯にさらにショウガとゴマを混ぜているので、ユズの自己主張をほどよく抑えている。
浜口さんの話を聞けば聞くほど、田舎寿司は細部にわたり手間のかかった料理だと分かる。下ごしらえでもミョウガはさっとゆがいて塩と甘酢を振りかける。コンニャクはあくを抜き酢飯を詰めるため切り目を入れて袋状にする。だから飲食店の大半は前日までの予約制だ。
高知市内ではほかに、希満里、土佐料理司、料亭濱長などでも田舎寿司を味わえる。 「もてなし好きの高知の人はそんな手間を手間とも思わない」。高知の食文化に詳しい高知県立大学名誉教授の松崎淳子さん(93)は高知市内の自宅に記者を招いてにっこり。朝早くから台所でハス芋の茎である緑色のリュウキュウの下ごしらえにかかりきりだったという。
松崎さんの「リュウキュウ寿司」は飲食店の上品な味と異なりユズのパンチがきいている。「家庭それぞれにレシピがあるのよ」。高知のソウルフードは変幻自在だ。
高知の観光名所といえば「日曜市」。山海の珍味が並ぶ露店街で田舎寿司は予約不要で購入できる。1パック5~8個入りで価格は500円以下。市場を開く高知市によると9店ほどが扱う。メインストリートの追手筋を歩きながらの店探しも楽しい。
日曜市だけではない。アーケードの商店街の店頭でも販売する。大橋通り商店街の総菜店はその一つ。同商店街には土日祝日に食べ物を持ち込んで「おきゃく」できる椅子とテーブルが登場する。田舎寿司で地元の人とおきゃくしてはどうだろう。
(高知支局長 保田井建)
[日本経済新聞夕刊2019年7月25日付]
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