映画『隣の影』 不信が不信招く不条理劇
アイスランドの映画だが氷河も温泉も出てこない。舞台は世界のどこにでもある郊外住宅地。描かれるのは世界のどこにでもある、隣人とのトラブルである。
いきなり男女が絡み合う映像にドキリとする。昔の恋人との情事の動画を、夫のアトリがパソコンで見ているのだ。それを目撃し、激高する妻。アトリは家を追い出され、両親の家へ。
アトリの母インガと父バルドウィンが住む郊外の家でも、小さな争いが始まっていた。庭の大木のために「ポーチが日陰になってしまう」と隣家に文句を言われたのだ。バルドウィンは整枝しようとするが、インガは不愉快だ。「木には触らせない」と宣言する。
日光浴や犬の散歩に余念がない隣家の若妻をインガは気にくわない。飼い犬が庭に入ってきてフンをするのは許せない。怒りが高じ、若妻にフンを投げつける。
トラブルは続く。バルドウィンの車がパンクさせられる。隣家の鉢植えが荒らされる。インガの愛猫が姿を消す……。隣家を疑うインガ。疑われたことに怒る隣家。不信が不信を招く。バルドウィンは庭に監視カメラを設置、木を守るためにアトリはテントで寝る。
ささいな不信が雪だるま式に膨らむ。アトリの夫婦関係も同様だ。妻の職場でストーカー扱いされ、幼稚園児の娘と会うのも禁じられ、警察に通報される。疑われた側にとっては不条理きわまりないが、疑う側の怒りは収まらない。対立はとめどなく深まっていく。
恐ろしいが、どこでも起こりうる普遍的な物語だ。今、この手の不条理劇の発信地が北欧なのである。デンマークのトマス・ヴィンターベア監督「偽りなき者」しかり、スウェーデンのリューベン・オストルンド監督「ザ・スクエア」しかり。1978年レイキャビク生まれ、ハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソン監督の名を覚えておこう。1時間29分。
★★★
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2019年7月19日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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