映画『存在のない子供たち』 素人俳優が問う格差
わが国には無戸籍の人が少なからずいるというが、現代世界では国籍や出生証明書がない人は生きづらい。どこにも所属することなく、法的に存在を証明できない人はいかに生きていけばよいのか。
そんな現代社会の根本的な矛盾を、子供たちを主人公に問いかける凄(すさ)まじい映画だ。昨年のカンヌ国際映画祭でコンペ部門審査員賞とエキュメニカル審査員賞を同時受賞したレバノン出身のナディーン・ラバキー監督の新作である。
物語は少年刑務所に収容された12歳の少年ゼイン(ゼイン・アル=ラフィーア)がテレビの生番組で両親を訴えて反響を呼ぶところから始まる。ゼインはどうして両親を裁判所に訴え出たのか。
ベイルートの貧民街。両親と兄弟姉妹の大家族で暮らすゼインは、両親が出生届を出さなかったため、学校に行けず路上で物売りをして家計を助ける日々を送っている。少年は妹のサハルと仲良しだが、両親がサハルを強制結婚させたため怒って家出する。
お金も行く当てもないゼインを見かねて救ったのはエチオピア移民のラヒル。彼女は赤ん坊のヨナスの面倒を見る代わりに、ゼインを貧しい小屋に置いてやる。ところが、ラヒルが警察に捕まってしまう……。
ラヒルの容疑は偽の滞在許可証で働いていたこと。映画はさらに移民や難民、不法就労の問題が重なり、中近東を舞台にしながら、経済格差の歪(ゆが)みが生み出す世界の縮図が痛々しいまでに浮き彫りにされていく。
映像はリアリズムに徹して素晴らしい。驚くのは監督が演じる弁護士を除いて、すべて素人俳優であることだ。映画で描かれた環境を生きてきた人々が自分の馴染(なじ)んだ役柄をありのままの姿で演じている。これまでも似た演出はあったが、これほど巧みに実現した映画は珍しいだろう。2時間5分。
★★★★★
(映画評論家 村山匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2019年7月19日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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