綿矢りさ・金原ひとみ W芥川賞15年で新作への思い
作家の綿矢りさ(35)、金原ひとみ(35)が芥川賞を最年少で同時受賞して15年たつ。長編「生のみ生のままで」と「アタラクシア」と(ともに集英社)を刊行した2人に聞いた。
書き続ける場くれた
東日本大震災直後の日本に「ものを言いにくい雰囲気」を感じて、金原は2012年にフランスに移り住んだ。娘2人を育てながら創作に取り組んだパリでの日々。「親しくしていた日本人家族が相次ぎ日本に戻った」こともあり、18年に帰国。6年にわたったパリでの経験は新刊「アタラクシア」にも生きている。
「パリでの最初の1年間ほどは、役所での手続き一つとっても全然うまくいかない。こちらの言葉の問題もあるのでしょうが、つらかった。感情を押し殺すようにしていましたが、その経験が主人公の由依(ゆい)の造形につながっています」
フランスでモデルになる夢に破れた由依は、小説家の桂(けい)と結婚するが、フランス料理店シェフの瑛人(えいと)と不倫関係にある。夫から「『私』がない」と評されるように、意思を持たないかのように生きている。
瑛人の店のパティシエ、英美(えみ)は浮気性の夫や反抗的な息子にいつもいらだっている。由依の友人で編集者の真奈美もまた、ミュージシャンの夫の家庭内暴力に悩まされ、出版社の同僚と不倫をしていた。
「3組を通じて様々な夫婦像を描きたかった。アタラクシアは心の平和な状態を指す言葉。みんな穏やかでありたいと思いながら、そこにはなかなかたどりつけない。そうした人間関係の複雑さを、さまざまな視点から書いてみました」
小説の書き方に変化を感じている。「デビュー当時は外からの刺激にすぐ反応するように瞬発力で書いていたが、最近は長いスパンで考えている。登場人物たちの関係性を考える上で、過去にも思いをはせるようになりました」
一貫している点もある。「自分はこれからもどうしようもない人たちを書き続けていくのだろうと思います。それは私自身、圧倒的に何かが足りないと感じているから。その悲しみを多少なりとも救ってくれるのが小説の執筆。芥川賞受賞は書き続ける場を与えてくれた点でありがたかった」と笑顔を見せる。
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最長作品「集大成に」
17年、自意識過剰な20代女性の恋愛を描いた綿矢の第4作「勝手にふるえてろ」が松岡茉優主演で映画化された。「大九明子監督が小説とは違うにぎやかさを加えてくださり、うれしかった」。第3作「夢を与える」ではアイドルを主人公にするなど、もともと芸能界に興味があったが、映画の撮影現場を見たことで再び関心を強めた。
新作「生(き)のみ生のままで」でも芸能界は主な舞台の一つ。高校の先輩と恋仲になった逢衣(あい)は2人でリゾートホテルに出かけ、先輩の幼なじみと、その彼女で芸能活動をしている彩夏(さいか)と出くわす。先輩との結婚話が持ち上がった逢衣だったが、彩夏からの突然の告白を受け、2人は交際を始める。
「タイトルは夫との会話の中で生まれた。恋愛小説はこれまでも書いたし、女の人同士の関係も『ひらいて』という作品で触れた。そうした今までやって来たことに、改めて正面から取り組んだ集大成の小説になりました」と自己最長の作品をそう位置づける。
ラブシーンも盛り込んだ。「2人の素直な気持ちから出ていることだから、同性の恋愛が抱える繊細な問題を乗り越えてほしいとの思いを込めた。今の状況を踏まえていますが、小説や映画で触れてきた耽美(たんび)的な世界も影響しています」
芥川賞受賞後しばらく「小説を書く自分と大学で学ぶ自分がバラバラで調整をとるのが難しかった」。太宰治や三島由紀夫の深淵を見つめる小説に憧れ、書きたいと思ったが、それが自らを追い詰める。「結局、自分が興味を持ったものしか書けないことに気付いた」。転機となったのは、20代女性の心の揺れを描く中編2編を収めた第5作「かわいそうだね?」。大江健三郎賞を受賞した。
14年に結婚し、翌年に男児を出産した。「旅行するわけでも、誰かと会うわけでもないのに、子育てをしていると日常とは違う経験をしているように感じます」。創作の刺激にもなっているようだ。
(編集委員 中野稔)
[日本経済新聞夕刊2019年7月2日付]
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