日本から来た責任部署の担当者と3カ所を回って説明した際に、「もうハンガリーでと決めているんだろう。紹介の仕方が明らかに違うよ」と言われたのを覚えてます。現地の責任者にやりたいようにさせるのが成功の近道だと考えてくれたのかもしれません。結局、ハンガリーに決まり08年にタタバーニャ工場が完成しました。

桜の成長の思いを重ねる。

赴任後にベルギーの社屋が移転、新本社の前には桜の木が植えられました。当時は欧州事業がグループに貢献できていませんでしたが、桜が成長するように欧州でのブリヂストンブランドの認知も高まればと考えていたことを覚えています。帰国後も毎年桜の写真が送られてきて当時のことを思い出します。19年には車両データの管理を手掛けるオランダ企業を買収するなど、事業拡大のためのアイデアを出してくれて頼もしく感じています。

これまで幅広く働く場を与えてもらいました。販売部門からドイツに行き、帰国後経理担当と言われたときは正直驚きましたが、販売にずっととどまっていたら工場で働くこともなかったでしょう。工場経験があったから、ヨーロッパで事業再編に携わる機会も得られました。全ての経験が今につながっているのです。

あのころ
 2000年代前半、主力のタイヤ事業で需要の伸びが見込めるメキシコやブラジル、中国など新興国での工場建設を決め、グローバル展開を強化した。主戦場の米国や欧州でも積極的な投資を進めることで、タイヤ市場で世界首位の座を確実なものにしていった。

[日本経済新聞朝刊 2019年7月2日付]

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