数奇な時代に共生の道探して ベネチア・ビエンナーレ
1895年に始まった2年に1度の現代美術の祭典、ベネチア・ビエンナーレ国際美術展が、イタリア・ベネチアで11月24日まで開催中だ。多摩美術大学の小川敦生教授がリポートする。
58回目を迎えた今回は、世界90カ国の国・地域が参加。ロンドンの美術館、ヘイワード・ギャラリーのディレクター、ラルフ・ルゴフが総合ディレクターを務めている。
数奇な時代の中で
総合テーマは古代中国の言葉に由来するという「数奇な時代を生きられますように」。ネット時代に入って価値観のぶつかり合いが激しさを増す現代の世界において、芸術に何ができるのか。会場を歩いて、その答えを探るさまざまな表現に見入った。
国別部門で金獅子賞を取ったのはリトアニア館。館内に入ると、小雨が降る中で1時間半並んで入館待ちをした屋外とはまったく逆の光景が展開した。陽の光が降り注ぐ人工の浜辺でたくさんの人々が日光浴をするパフォーマンスが行われていたのだ。一人で寝転がっている男性、ヨガをしている女性、小さな子どもや犬と一緒にいる家族連れやカップルがいて思い思いに楽しんでいる。子どもが泣き出したり、犬がほえたりすることもある。ありふれた浜辺の光景だ。
鑑賞し始めると、その場を離れられなくなった。浜辺の人々の多くが歌手だったのだ。歌は概(おおむ)ねゆっくりした曲調で、伴奏はまったくないか、ごく簡単な電子音が補助する程度。一人で歌うこともあれば、複数で声を合わせることもある。ひたすら美しい。環境破壊への批判をテーマにしているという。
現実の浜辺を思い浮かべると、そこにいる多くはお互い見知らぬ人々である。ふだんは個々に生きている彼らがときに声を合わせて歌うのは、世の多くの人々がときに言葉を合わせることの大切さを想起させた。
総合芸術の可能性
リトアニア館に関しては、特筆すべき点がある。美術家、作曲家、出演者らによる総合芸術だったことだ。近代美術は一人の作家が個の表現を探求するのが主流だったが、ここでは一人ではできない表現の大きな可能性を見せてくれた。
日本館も、キュレーターの服部浩之、美術家の下道基行、作曲家の安野太郎、建築家の能作文徳、そして文化人類学者の石倉敏明による共同制作だった。テーマは「宇宙の卵」。沖縄周辺の島々を数百年に1度襲う津波が運んできた津波石と呼ばれる4つの大きな岩の映像だ。
美術家と文化人類学者の視点でアプローチした津波石の映像作品の周囲に、コンピュータープログラムで12本のリコーダーを自動演奏させる仕掛けを設営。津波石を媒介に宇宙創生の神秘に迫った内容だ。固定カメラによる映像なので画面はほぼ動かず、ときおり鳥がやってきたり、地元の子どもたちが現れては過ぎ去ったりする。映像ゆえ動かない津波石にもライヴ感がある。ある石は神のように捉えられ、ある石は植物の生息場所になっている。神も人々も他の動物もそこで「共生」している。そんなメッセージを受け取った。
韓国館で見た映像作品は、見惚(ほ)れるような身体の動きを見せる韓国の舞踊家。実は日本で活動した崔承喜という人物をテーマにした映像だった。日本と韓国も共に生きるべきだとの思いを強くする。
国別展示とは別に2つの大会場で展開された総合展示にはルゴフの力量が発揮された。個人で金獅子賞を取った米国出身のアーサー・ジェイファは、チェーンでがんじがらめになった自動車用タイヤに人種問題を象徴。義足の作家として知られる片山真理は、自らのポートレート写真で来場者の目を釘(くぎ)付けにする。
会場を巡って感じたのは、「共生」の大切さである。はたして現代最大の課題ともいえる「共生」は実現するのか。それは総合テーマに含まれる「数奇な時代」を生きることにもつながっている。
[日本経済新聞夕刊2019年7月1日付]
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