腎不全に「腹膜透析」 主流の治療法から切り替えも
患者自ら在宅で可能、欠点は有効期間の短さ
腎臓病が悪化すると血液中の老廃物や毒素を取り除けず、水分や塩分の調整ができない腎不全になる。透析で浄化しないと命にかかわる。日本では血液を体外循環させて透析装置に通す「血液透析」が圧倒的に多いが、自分の腹膜を使う「腹膜透析」もある。医師や看護師から詳しく説明を聞き、納得のうえで最適な方法を選ぶ必要がある。
東京の公立福生病院で腎臓病患者が透析を受けずに死亡し、波紋を広げた。このとき、患者が拒否したとされるのが血液透析だ。腕などの血管から針で血液を取り出し、ポンプで循環させながら透析装置できれいにして再び血管に戻す。
血液透析は週3日、1回につき約4時間かけて実施する。3~4リットルの水分が一時的に体外に出る結果、血圧低下や不整脈を訴える患者も多い。血管をつなぎ合わせたシャントと呼ばれる部分が不調を起こし、人工血管への切り替えなどが必要な場合もある。
「できれば受けたくない」「仕事に支障が出るので避けたい」。春日井市民病院の渡辺有三統括顧問は、新しい患者に血液透析の話をするときによくこんな声を聞く。そこで、実態を知ってもらうため透析を既に受けている「先輩」と引き合わせる。「元気になった」「悪いことばかりではない」と聞いて、ホッとする患者も多いという。
国内に透析患者は約33万人おり、大部分が血液透析を受けている。もう一つの方法である腹膜透析は1万人に満たない。なぜ、これほど開きがあるのか。
腹膜透析はカテーテルを通してバッグから腹腔(ふくくう)内に約2リットルの透析液を入れ、数時間したら液を抜く。これを1日に3、4回繰り返す。在宅で患者自身が実施できる。ずっと寝ている必要はなく、普通に動ける。腎臓のわずかに残された機能が使われ、尿がある程度、出ることもある。「患者の満足度は高い」(藤田医科大学病院の湯沢由紀夫院長)
良いことずくめに見えるが、欠点もある。バッグを着脱する際に細菌が入って腹膜炎を起こすおそれがある。血液透析ほど効率良く水分や毒素を除けず、5~10年で効果がなくなるともいわれる。最長30~40年もつ血液透析に比べて短い。
1990年代に腹膜の癒着で腸が働かなくなる例が出たのも、普及が遅れた一因だ。透析液の改善で安全性は増したが、経験のある医師や看護師は少ない。愛知医科大学の伊藤恭彦教授らは県内の訪問看護ステーションの看護師らを対象に、在宅の腹膜透析支援の研修に力を入れている。
89歳の女性患者Aさんは県内の病院から紹介され、愛知医大病院を受診した。腎不全に加えて糖尿病を患い、脳出血による体のまひ、腰椎圧迫骨折もあった。血液透析のために通院できる状態ではなかった。
「こうした場合、入院すれば血液透析ができるが、透析室と病室を往復するだけの生活が何年も続くことになる」(伊藤教授)。それでよいのか、医師や看護師らと家族が話し合った。患者参加による「協働の意思決定」(シェアード・ディシジョン・メーキング=SDM)の一環だ。
その結果、在宅の腹膜透析を選んだ。ただ、Aさん自身がバッグを頻繁に交換するのは難しい。かといって家族が仕事を休み、付きっきりでいるわけにもいかない。そこで、研修を受けた看護師がいる訪問看護ステーションの助けを借りることにした。
朝は娘が出勤前に、夜は息子がそれぞれ交換する。昼間は看護ステーションの看護師が毎日1、2回、Aさん宅を訪れてバッグを交換し、何とか乗り切れる見通しがついた。週1回は自宅近くのかかりつけ医が往診する。緊急時にすぐに診てもらえる病院も決めた。
血液透析を始める患者の平均年齢は現在およそ70歳だ。今後、体の不調などで通院できず、腹膜透析に移行する患者が続出するとみられる。地域の医療機関や訪問看護ステーションのネットワークが構築できていないと、治療を続けられず命に危険が及ぶ患者が増える恐れがある。
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「見合わせ」検討も
腎不全でも透析を受けない、またはやめる選択肢はあるだろうか。透析を始める目安は腎臓の働きが正常時の10%以下になったときだ。放置すれば毒素がたまり死につながる。透析を中止すると2週間程度で死に至る。
血液透析は心臓に負担がかかる。心不全などのため体外循環させる血液量を減らし、緩和ケアに移行せざるを得ない場合もある。難しい病気を抱えて体がつらかったり、うつになったりして「やめたい」と訴える患者もいる。
こうしたなかで日本透析医学会は2014年、「維持血液透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」を公表。どんな状態のときに透析の「見合わせ」を検討しうるか、考え方をまとめた。判断能力のある患者が透析の開始時に作る「事前指示書」のひな型も示した。見合わせという言葉には患者の状態や気持ちの変化により、いつでも透析を再開しうるという意味を込めている。
透析は何十年も続ける患者がおり、「終末期」の医療とはいえなくなった。公立福生病院のケースもそうだ。学会は現場で直面する様々な問題を踏まえ、提言の改訂を検討している。
(編集委員 安藤淳)
[日本経済新聞朝刊2019年7月1日付]
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