文学への扉開く子ども作家 小学生向け賞経てデビュー
小学生を対象に行われていた文学賞の受賞者が、このほど作家として初の単著でデビューを果たした。現在高校生に成長した受賞者たちの歩みをたどり、子ども作家の未来を考える。
「小説はこれからも書き続けたい」。目指していた作家への道を歩き始めたのは、小学館が2006年に始めた小学生限定の文学賞「12歳の文学賞」で、13年に大賞をとった中濱ひびきさんだ。現在高校2年生。4月に長編「アップルと月の光とテイラーの選択」(小学館)で、作家デビューを果たした。
同賞は上位入賞作を集めて単行本として出してきた。しかし、大賞受賞者でもすんなり単著でデビューできるわけではない。中濱さんは2年かけてデビュー作を書き下ろした。
人類の困難を俯瞰
今作は人類が直面する困難を俯瞰(ふかん)で捉え、科学技術や自然環境について考える壮大な物語だ。「同世代へのメッセージを込めた」と中濱さん。
幼少期を英国で過ごしたことから母語の英語で執筆し、翻訳家が日本語に訳した。「子どもでも、生きてきた時間は濃縮していた。愛や生命、魂という(本質的な)テーマに関しては、全ての孤独な人に読んでほしい」と願う。
同賞は低年齢でデビューする作家が増えたことを踏まえて創設。審査員に石田衣良氏、あさのあつこ氏ら有名作家を迎え、特別審査員にはタレントを起用して、若い才能の発掘を目指してきた。大賞以外にも特別審査委員賞などで多くの作品を表彰。17年の第12回を最後に幕をおろした。
「小説は大人が書くものだと思っていたけれど、子どもでも書けるんだと刺激を受けた」。17年に作家としてデビューした鈴木るりかさんは同賞の入賞作品集を読んだのをきっかけに、小説を書き始めた。
小学4年生で初めて応募した13年の第8回から、3年連続の大賞という離れ業をやってのける。「審査員の先生たちから『書き続けて欲しい』と言ってもらい、励みになった」という。
2年後、2人で暮らす母娘の日常を描いた「さよなら、田中さん」(同)で中学生作家としてデビューし、話題をまいた。18年10月には、ユーモアたっぷりに中学校生活を描いた2作目「14歳、明日の時間割」(同)を刊行。第1作は10万2千部、2作目も4万3千部に達する売れっ子だ。今秋には新刊を予定する。
「だれかの何気ない一言や、バスから見た風景、街中ですれ違った人。ちょっとしたことが頭の中で回路のようにつながる瞬間があって、どんどん物語になる」と鈴木さん。身近なものへの細やかな観察眼が着想源になっている。「高校に進んで執筆の時間は少なくなったけれど、毎年1冊のペースで出していきたい」
大成への道険しく
賞を立ち上げた小学館こどもデジタル室副編集長の水野隆氏は「同世代の子どもたちの文学への入り口になっていたのでは」とみる。入賞作品集は学校の図書室に置かれたり、朝の読書の時間に読まれたりしていた。文学へのハードルを引き下げたという意味でも、一定の成果はあった。
過去を振り返れば、小説やエッセーなどで華々しくデビューしたものの、ほどなく消えていった小中学生は幾人もいる。芸能界で大成する子役がごくわずかなのと同様に、文芸の世界も成長するに従って厳しい批評と競争にさらされる。
「まいた種が本当に花開くのはこれから。(振り返って)他の文学賞の通過点になっていればうれしい」と水野氏は期待を込める。同賞から巣立った子どもたちは第一歩を踏み出したばかりだ。
(村上由樹)
[日本経済新聞夕刊2019年6月25日付]
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