建機販売、沸き立つ中国市場でルール整備日立建機社長 平野耕太郎氏(下)

工場の従業員は朝、何十台ものバスでやってきてはお昼に温かいご飯をめいっぱい食べ、冬はお湯に限りがあるため事務職も工場でシャワーを浴びて帰ります。発展途上ながら、工場ではみんな「外資企業に勤めているぞ」と活気に満ち、プライドをもって働いていました。それは現地の代理店も一緒でした。

中国に溶け込むため、社会貢献にも目を向けるようになった。

ビジネスが盛り上がる一方、もう少し社会活動にも目を向けるべきだと思うようになりました。そこで中国野球リーグ、天津ライオンズのスポンサーになりました。08年の北京五輪を目指して中国政府も力をいれていました。中国、日本など4カ国・地域が東京で試合するアジアシリーズでは天津ライオンズのメンバーも来日し、試合を盛り上げました。

04年、約30年ぶりに北京と上海で開催された大相撲の中国公演にも協賛しました。73年の公演も見たことがある代理店の人は「中国も変わったもんだ」としみじみ。男の裸を見てはいけない、と黒やグレーの人民服の男性ばかりだったのが、女性の観客が増え、客席はカラフルに。急速な都市部の変化をダイナミックに感じましたね。

あのころ
2008年の北京五輪開催に向け、中国国内の需要は03年に急伸したが、04年の政府による金融引き締めで急速に冷めた。反日デモもあったが「政冷経熱」の言葉どおり顧客は冷静だった。日立建機は当時、2割弱の販売シェアを獲得。中国市場で存在感を高めた。

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[日本経済新聞朝刊 2019年6月18日付]

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