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繁華街のネオンサイン消える? LED台頭で主役交代

NIKKEIプラス1

2019/6/8付

PIXTA

繁華街の夜の主役はネオンサインだった。高度経済成長期に規模とデザインを競い、オイルショックでは消灯して我慢の象徴に。そのネオンが今、発光ダイオード(LED)サインの台頭で存亡の危機にあるらしい。

夜の横浜港につながれた客船・氷川丸。船尾近くから振り反ると「HOTEL NEW GRAND」の白いネオンサインが目に飛び込んでくる。高さ2.8メートル、幅33メートル。最近の看板で主流のLEDの光がほぼ一方向なのに対し、ネオンの光は全方向に満遍なく広がるのが特徴。夜空にじわりと浮かぶ明かりは、1927年創業のクラシックホテルの雰囲気によく似合う。

実はこのネオン、2014年に約40年ぶりに再点灯された復刻版。ネオン新設が皆無に近い中でレトロな復活だったことが注目を集めた。

ニューグランドがネオンサインを復活させた14年、工事数を示すネオン専用トランスの出荷台数は最盛期(1989年)の4%まで激減。直近の18年も同2.8%と衰退が続く。ネオンサインの歴史に詳しい関東ネオン業協同組合(東京・港)の小野利器専務理事は「東京・渋谷や大阪・道頓堀の夜は依然きらびやかだが、光源の主役はもはやネオンではない」と話す。

小野さんによると、世界初のネオンは1910年に仏・パリの政府庁舎に設置された。国内では1918年に東京・銀座の谷沢カバン店(現・銀座タニザワ)が、長さ1メートルの赤色管3本をつないで光らせたのが第1号とされる。

銀座タニザワの鈴木政雄常務は「創業者の谷沢禎三は明治期に『鞄(かばん)』という漢字を定着させたアイデアマン。関東大震災で失われた旧社屋のどこにネオンをつけたか不明だが、新しい技術に引かれたのだろう」と想像する。

ネオンサインとは、大気中にごく微量に含まれるネオンガスを細長いガラス管に詰め、両端の電極から高電圧をかけた時に発生する、高輝度の赤色光を活用した広告(サイン)。ガスをアルゴンに変えれば青色光になり、着色ガラス管と組み合わせて、様々な色を作り出す仕組み。

国内のネオンサインは主に二つの用途で発展した。一つはバーやキャバレーの「赤い灯、青い灯」に代表される風俗系の用途。ネオン街という言葉も生まれた。もう一つは企業がデザインや設置場所でしのぎを削った企業広告だ。

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