北緯38度線、実は自然の宝庫 人と共存考える展覧会

スン・ヒョサン「鳥の修道院」=武藤 滋生撮影
スン・ヒョサン「鳥の修道院」=武藤 滋生撮影

朝鮮半島を南北に分断し、不幸な歴史を象徴する北緯38度線。長く人が立ち入らず、多くの野生動物が生息する豊かな生態系が残る。そこから人と自然の共存を考える展覧会が開催中だ。

「この鉄板は65年あまり、DMZ(非武装地帯)に張り巡らされた鉄条網を溶かしたもの」。7月28日まで原美術館(東京・品川)で開催中の企画展「THE NATURE RULES 自然国家」。発案・構成したソウル出身のアーティスト、崔在銀(チェ・ジェウン)はそう明かす。

鉄条網を溶かす

崔在銀「hatred melts like snow」=武藤 滋生撮影

彼女の出展作品「hatred melts like snow」は憎しみは雪のように溶ける、という意味だ。展示室をのぞくと、薄い鉄板が飛び石のように置いてある。傍らには、1953年に朝鮮戦争の休戦ラインが定められた経緯を伝える新聞記事や写真。壁には、38度線の南北各2キロにわたるDMZの映像が繰り返し映される。

鉄条網は朝鮮民族が互いに銃口を向け合った戦争、憎しみの象徴といえる。それが溶け、誰もがその上を歩ける飛び石に作り替えることで、争いのない平和な世界への願いを込めた。

崔は53年生まれ。来日して76年から東京で華道を学んだ。草月流の3代目家元、勅使河原宏のアシスタントを務め、映画を撮るなど日本に根を下ろして活動してきたが、38度線は避けては通れない祖国の歴史。DMZには300万個ともいわれる地雷が埋められ、65年間人が立ち入ることがなかった。今なお緊張は続くが、ツキノワグマなど106種の絶滅危惧種を含む5057種の生物がすむ「聖域」となっている。

「憎しみの象徴のDMZが、多様な生命が息づく豊かな大地になっているのは何とも皮肉」と崔。貴重な場所を次代に残したいと、2014年に「Dreaming of Earth Project(大地の夢プロジェクト)」を立ち上げ、世界の美術家や建築家から豊かな自然を守るアイデアを募ってきた。展覧会はそのアイデアを披露し、可視化する場といえる。

日韓の建築家らが出展しており、坂(ばん)茂は、DMZの東西南北計20キロにわたる巨大な空中庭園の構想を掲げる。人を地雷から守り、自然を人間から守る「竹のパサージュ(小道)」を設ける計画で、2分の1サイズの模型を出展した。

スン・ヒョサンは渡り鳥が羽を休める修道院のような塔を設計した。チョウ・ミンスクは周辺の鉄原郡で見つかったトンネルを利用し、生息する植物の種子と情報を保存する貯蔵庫のアイデアを披露する。

プロジェクトは自然が優先。人間は動植物を破壊、阻害しないように存在しなければならない。各作品には自然に返るか、再生可能な素材を使った。

人が上ではない

自然への敬意を表現してきた崔

崔の発想の原点には日本で習得した華道がある。「生け花は花を切って、空間に再構成する。だが私には花を美しく生けるより、その花が一定の時間しか存在しないこと、生きてから死ぬまでのシステムを表現することの方が重要だった」

そこから一気に想像力が広がる。85年に発表したのが、彫刻家イサム・ノグチの作品の間に土を敷き、植物の種子を埋めたインスタレーションだ。自然を取り込んだ作品は会期の開幕と閉幕では姿を変え、昼と夜でもまた違った表情をみせる。「自然に変わっていく美しさ。絶対的に人間が上ではないという価値観を学んだ」と振り返る。

以後ずっと自然への敬意を表現してきた。38度線についても「人類が憎み合って生まれた場。だからこそ政治的に解決するだけでなく、これからの人類が自然と共存する一つのモデルを作れないだろうか」と心を砕く。

(岩本文枝)

[日本経済新聞夕刊2019年6月3日付]

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