大人から始める歯列矯正 器具目立たぬ治療で広がり
歯周病予防などにも期待
歯列矯正を始める大人が増えている。歯並びを整えるだけでなく、歯周病やむし歯にかかりにくくなる効果なども期待できる。「矯正する器具が目立つ」としてためらう人も多かったが、歯の裏側に装着する治療法などが広がり、普及を後押ししている。一部で治療トラブルも起きており、歯科医は「万能な器具はない。装置の特徴を理解し、症状に合わせて選んでほしい」と呼びかけている。
「いつまでも自分の歯で食事したい」。大阪市に住む女性(38)は凸凹した歯並びで虫歯になりやすかったため、2017年から歯列矯正を始めた。くしま矯正歯科(大阪市阿倍野区)に月1回ほど通院し、少しずつ改善している。「30代後半では治らないかと不安だった。おばあちゃんになっても友人とランチを楽しめそう」と喜ぶ。
歯列矯正は子供のための治療と思われがちだが、歯周組織が健康であれば力を加えると歯の位置が変わるのは同じ。顎や歯の成長とともに治療できないなど歯の移動に時間がかかる場合が多いものの、日本臨床矯正歯科医会の稲毛滋自会長は「何歳からでも始められる」と説明する。
見た目だけでなく、歯が長持ちしやすくなる効果も期待できる。かみ合わせが悪いと、かむ力が必要以上に強かったり、特定の歯に力が集中したりする場合があるが、歯列が整えば歯と支える骨への負担が減る。
厚生労働省によると、歯列矯正した患者は11年に約20万2千人だったが、17年には約27万8千人で、6年前と比べ約4割増えた。稲毛会長は「近年は大人の歯列矯正が増えた。『人生100年時代』という見方が広がり、歯の健康寿命を延ばしたいというニーズが高まっている」と分析する。
歯列矯正の一般的な手法は、歯の唇側に取り付けた器具にワイヤを結びつけて歯を動かすマルチブラケット法。患者によって異なるが平均的な装着期間は子供は約2年、大人の場合は約3年とされる。セラミック製の器具や白や透明のワイヤを選べば目立ちにくい。
他人に器具を見られたくないという要望に応える治療もある。「舌側(ぜっそく)矯正」と呼ばれ、歯の裏側に器具をつける手法だ。舌側矯正に詳しい名古屋矯正歯科診療所(名古屋市)の佐奈正敏院長は「患者が治療の過程を確認しやすいため、治療への意欲も高まりやすい」という。
ただ歯の裏側はざらざらとしており、器具をつける際に安定感を出すのが表側より難しい。さらに外から見えない利点があるものの、舌が装置に当たり痛かったり、発音しにくかったりすることもある。
同診療所では患者の症状に応じて、上の歯だけ歯の裏側に装置をつけて、下の歯は表側につけて対応しているという。佐奈院長は「器具の取り扱いには専門的な知識や経験が不可欠だ」と指摘する。
樹脂製のマウスピース型の「アライナー」という器具を使う治療もある。半透明で目立ちにくく、接触の激しいスポーツ選手からの問い合わせもあるという。
アライナーはまず患者の歯型をとり、コンピューターで矯正終了までの歯並びの変化を計算し、段階ごとのマウスピースを作製する。2週間に1回ほどの頻度でマウスピースをつけ替え、少しずつ歯を動かしていく。
患者自身で着脱できるため、歯磨きがしやすいなどの利点がある。ただ昭和大歯科病院の槇宏太郎・歯学部長は「医師の指示に従って、患者が自分でアライナーの装着時間などをきちんとコントロールしなければ効果も上がらない」と指摘している。
アライナーでは抜歯を伴うなど歯の移動距離が長い場合、歯に取り付けた器具にワイヤを結びつけて歯を動かすマルチブラケット法などと組み合わせて治療する場合もある。またシミュレーションと歯の動き方が異なった場合、治療計画を修正することも必要だ。
「万能な器具はないと理解することが大切」という槇歯学部長は「病院を選ぶ際には、自分と似た症状の患者を治療した実績があるかどうかを確認すべきだ。その際に治療経過や治療のリスクも説明してもらえる歯科医を探してほしい」とアドバイスしている。
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手軽なマウスピース型、かみ合わせなどでトラブル目立つ
歯列矯正の選択肢が広がる中、マウスピース型のアライナーを巡るトラブルが目立っている。日本臨床矯正歯科医会の稲毛会長は「歯科医、患者の双方が気軽に始められるとして、歯列矯正の経験が乏しい歯科医が治療に使うケースが増えている」とみる。
同会は所属する歯科医約400人を対象に、2018年6月までの1年間に他の歯科医療機関でつけたアライナーについて相談を受けたかどうか調査。回答した約140人の3割が「相談を受けた」と回答し、このうち複数回答で、7割は「かみ合わせに関する不満」で、6割は「歯並びに関する不満」だった。
日本矯正歯科学会も「(アライナーに対する)社会の期待は大きいが、全ての症例を解決できるとは考えにくい」として、2017年にアライナー使用の指針を作成した。
指針では使用を推奨する症例として「隙間が小さい」「凸凹の程度が軽い」などを挙げている。一方、「歯の大きな移動を必要とする」「前歯部分が大きく舌側に傾いている」などの症例は不向きとした。学会はこうした指針を踏まえ、患者に対して十分に説明するよう求めている。
(高橋彩)
[日本経済新聞朝刊2019年5月27日付]
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