著名奏者頼みから若手育成の舞台へ 国際音楽祭に新風
1980年代から全国各地に広がったクラシックの国際音楽祭が大きく変わってきた。以前は海外の著名音楽家を招いて知名度を高め、目玉にしてきたが、教育など地域貢献へと軸足を移す。
今月12日、宮崎市郊外の宮崎県立芸術劇場で、中学生から大学院生まで4人の奏者が舞台に立った。1996年に始まった宮崎国際音楽祭のプログラム「新星たちのコンサート」だ。
4人中3人はバイオリン奏者。北海道の中学生、平野友葵はヘンリク・ヴィエニャフスキ「創作主題による華麗な変奏曲」をはつらつと鳴らす。滋賀県の高校生の落合真子はウジェーヌ・イザイ「無伴奏バイオリン・ソナタ第3番」などをシャープに、東京芸術大学に通う荒井里桜はエルネスト・ショーソン「詩曲」を情感豊かに表現。ともに大きな喝采を浴びた。
2007年、将来世界で活躍する演奏家を育てようと始まった「ミュージック・アカデミー in みやざき」。全国から宮崎に集まった受講生を、世界の一流奏者が指導する教育プログラムだ。08年からよりすぐりの受講生が宮崎国際音楽祭の舞台に立つようになった。
学生の晴れ舞台
1人15~20分と時間は短いが、学生がコンクールや学内演奏会以外で、演奏を披露する貴重な場といえる。バイオリン奏者で、同音楽祭の音楽監督を務める徳永二男は「才能ある奏者がそろい、教育面で大きな役割を果たせている」と満足げ。「聴衆は一流奏者から新人の演奏まで聴けるので耳も鍛えられる」という。
バイオリン奏者・指揮者のピンカス・ズーカーマンら、有名奏者が出演したメインプログラムは5公演。一方、学生が登場する教育プログラムや、幼児向けなどの関連コンサート・イベントは約10公演開かれた。複数公演に出演したフルート奏者の高木綾子は「音楽家は2~3週間宮崎に滞在するので腰を落ち着けて演奏できる」と意義を語る。
霧島国際音楽祭(7月18日~8月9日)は今年、40回目を迎える老舗音楽祭だ。若い音楽家教育の一環として、旧東ドイツの世界的バイオリン奏者、ゲルハルト・ボッセが講習会の名目で始めたが、近年はプログラムが多様化している。
今年もジャズピアニストの山下洋輔のピアノソロ、グラフィックアートや舞踊とクラシックのコラボなど、盛りだくさんの内容。チェロ奏者で音楽監督を務める堤剛は「来場者にはクラシックだけでなく、芸術全般に興味を持ってほしいとの意味が込められている」と話す。
8月の草津国際音楽祭、9月の武生国際音楽祭など、各地の国際音楽祭はこれからが本番シーズンだ。
運営環境厳しく
もっとも資金を提供する自治体の財政難、スポンサーの減少などで運営環境は厳しくなるばかり。生き残りを模索する中、著名奏者を目玉に据えて遠方から多くの観客を集めようとするよりも、地元への貢献を重視する傾向が強まっている。「今は地域に合った企画が必要な時代」(堤)との指摘が目立つ。
国際音楽祭は世界的な著名音楽家の呼びかけがきっかけで始まったものが多い。だが、長く続けるにつれて本人が亡くなったり、参加を取りやめたりといった事態が起こりうる。
宮崎国際音楽祭も当初はバイオリン奏者のアイザック・スターンが中心だったが、01年に彼が亡くなった後は出演者らの総力で作り上げる方式に移行した。徳永は「いち早く有名音楽家に頼りすぎない体制にしたのが宮崎の強み」と話す。
東京都調布市で開かれる調布国際音楽祭(6月23~30日)は、13年の開始当初から国際性と地域性の両方に軸足を置く。アソシエイト・プロデューサーを務めるピアノ奏者、森下唯は「国内外に輪を広げて音楽を発信することが重要」と強調する。
全国で国際音楽祭が乱立気味なこともあって、色あせつつある「国際」の冠。地域密着路線は生き残り策の一つともいえるが、看板倒れになっては元も子もない。運営は難しいかじ取りを迫られている。
(岩崎貴行)
[日本経済新聞夕刊2019年5月21日付]
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