不合理な営業慣習、打破に挑む西武ホールディングス社長 後藤高志氏(下)

芝支店時代、佐々淳行氏の危機管理の本にたびたび救われた
芝支店時代、佐々淳行氏の危機管理の本にたびたび救われた

1987年に人事部の配属となった。

71年に第一銀行と日本勧業銀行が合併した後の1期生だったこともあるのでしょう。経営陣からは行員を適材適所に配置させる人事案を作るよう指示されました。合併後、それぞれの出身母体で人材が偏った支店があったからです。

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ある支店で優秀な行員を異動させようとします。すると色々な横やりが入ってきます。私は逆に燃えるタイプですが、これを容認してしまうと組織はうまく回りません。人事とは会社の最大のメッセージだと思っています。丁寧に説明しながら人事を進めました。

人事部では行員の顔写真と経歴を頭にたたき込むことも仕事です。「3千人分の顔と経歴が一致しないと仕事にならないよ」とも言われました。人のことを肩書ではなく名前で呼ぶのは当時からの習慣です。

92年、若手の登竜門とされる支店の支店長になった。

調布仙川支店(東京都調布市)は赴任当時から優秀な営業成績を上げていました。ただ、融資で特定の取引先に依存した営業姿勢が気になりました。しかも、営業が不正確な内容の契約伝票を事務方に回すため、処理が夜遅くまでかかる日もありました。事務方の負担を増やすようなやり方は無駄だと思いました。

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